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此処に 「卑弥呼が埋めた大量の銅剣と銅鐸」 あり!!
卑弥呼は魏から得た100枚の銅鏡に換えて出雲と “同じ決め事”で 持ち寄った銅剣と銅鐸を封印した!
投稿記録版(2)
  ご訪問ありがとうございます^^。

      他への<最新投稿> <2/10>[605]です。
ついては、 '18/5/10 ~ 「古代科学史掲示板」 へ 投稿しています。
           ↓よろしかったら こちらへ、どうぞ^^。

          https://8023.teacup.com/shimoeda/bbs
          ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

[598] ”親魏倭王”卑弥呼の金印はいずこ??
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2022年 1月17日(月)
This is Anzu.You must dig here. bow wow^^ 「ここ掘れワンワン^^♪」
青面金剛さまへのお返事です。
数々の情報ありがとう御座います。それを消化しきれないことを残念に思います。

わたしは『一事は万事へ繋がり、万事は一事よりなる』一事を追求すれば万事がみえてくる。
又『自然界には、偶然とか奇跡の確立(%)不条理が用意されている』my絶版報告書より、
とも思っています。子ども心の<何故>を四つも重ねると<神>という領域に突き当たってしまいます。皆さんのいう神ってなに?? それぞれのいう神様が異なることが問題なのだ。列島住人は「徐福たち、西方(浄土)から薬石探求にきた渡来人達のなかの方士を、道祖神とか、お薬師さまとか、はたまた(武人)を金剛さまだと呼んでいる」と私がいえば、それと受け入れられないお人は必ずいますよね~~!。

卑弥呼以前の列島には、税を徴収して統理「立国」という考えはなく、むしろ祈祷寄進でなる「郡」と呼ぶ形態のほうがあたっているのではと思っています。そして、国引き神話の「現世は(税制は)大和にやるが、あの世は(寄進制度は)出雲がとる」との政教分離で落ち着いたのではとも思います!?。さらに、卑弥呼の呼称にしても邪馬台国にしても劣字(正しくが思い出せない~~)で記されていて、「国」とか「王」とかは大陸人がかってに付けたのではないでしょうか。

“親魏倭王”の金印は、紙の行きわたっていない列島では、無用の長物と申し上げました。かといって、卑弥呼なきあとも粗末には出来ない。仮説・卑弥呼は箸墓で亡くなり遺体は腐敗するので出雲には持ち帰れない。仮説では分骨としましたが、晩年のヒミコは、「鬼道に能へ」おかっぱ頭(耳削ぎ→禊)で、前歯(抜歯の風習)がなく、入れ墨(歌舞伎クマドリ)がしてあったと別紙で推んでいたことから「斬髪」があたっているように思います。お相撲さんの髷きりは今にのこっています。

 これ等のことから、以前に、出雲の斐伊川支流の赤川あたりだったかな? 卑弥呼が魏から得た100枚の鏡のうちの一枚ではとの説があるお宮の所在地あたりを地図で調べたことがありまたが、今は検索力も衰えてその自分の記事や地図さえ捜しだせない^^!。金印は3cm前後??と小さく、斬髪は小量だ。円墳内と考えたのは誤りだったかもしれない。岡山の県北の神社の裏手と本堂の間にさほど大きくない石?岩?の下に何やらが埋められていて『これを掘ると罰(バチ)があたる』との話を聞いたことがあるから、その後先は分かりませんが出雲でもその神社に “そのような形態” があると、その可能性があるかもね。その形態は勾玉と銅戈が出土した出雲の命主社でもありました。
  「ここ掘れワンワン^^♪」わたしは「ワンコ」バチはあたりたくありません^^!。

[587] 故:岩淵國人先生<旭日双光章>受章!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年12月22日(水) > No.522[元記事へ]
  管理人さま・皆さま> へのお知らせです。
わたしの敬愛する <故・岩淵國人先生奥州市'21/5/17没>が、この度(12/22)に、
 内閣府から <旭日双光章> を受章されます。

先生は「歴史掲示板」の以下にも投稿されています。
[2831] 4000年ほど前の津波はノアの洪水ではありません
投稿者: 岩淵國人(医師) 投稿日:2015年 6月17日(水)22時09分7秒

[3274] 4000年ほど前の彗星デブリ衝突
投稿者: 岩淵國人(医師) 投稿日:2016年 4月 6日(水)19時41分11秒
https://8220.teacup.com/toraijin/bbs/3274
  彗星衝突による「縄文超々巨大津波」文芸社 2013/1/15初版第1刷発行

[523] Re: お知らせありがとうございました。
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 5月30日(日)07時18分35秒
管理人さまへのお返事です。コロナ禍、どうぞ御身お大切に!!

> 平さん、ご無沙してます。岩淵先生の訃報のお知らせありがとうございました。

 訃報: 追悼:
http://www.tankonews.jp/modules/bulletin1/index.php?page=article&storyid=429
6/24:合掌
 5/24?頃(311ヒット)5/30(565ヒット)6/18?頃(約800ヒット) 6/24には掲載ナシ

  ('21/5/17/pm1:23) 先生のほうが先に逝かれました・・
「彗星衝突による 縄文超々巨大津波」-文芸社 奥州市:岩淵國人 
4千年前(BC2001/12/24・25イースター島上空から侵入し)東北地方に落下した巨大隕石によって北上山地を越え胆沢段丘をつくるほどの大泥流津波が発生しました。この大事変は日本列島のみならず、世界史にもその痕跡を刻んでいる!!

前学にない大論を唱えるひとは、世界に"五万と"いますが、この大事変を認め合えるのは世界でたった二人の <双友:only 2> でした。「むつかしい論はなくてもいい。気付けば良いだけだ!」もとよりの極大論、存命中に成るとは思っていない。記録は保っている。

   「まっててね。二人で俯瞰(ふかん)しましょうね・・・」
   http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-date-200810.html

[521]中国青海省 新發現的巨大隕石碰撞軌跡Φ400m在Yahoo! Map & Google Earth上
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 4月19日(月)06時00分3秒
    青海省衝突痕遠景
    (↑照片是Google Earth)

在Yahoo! Map和Google Earth 新發現的巨大碰撞軌跡Φ400m!
 目前:中國青海省茫崖市花土沟鎮 西北約27公里(315国道)
 (当前是2021年4月19日)世界沒有人認識嗎?

您是否要找到此<碰撞標記>並將其發布給全世界^-^? 為了學術進和旅遊促進
這是什麼痕跡?(臨時名稱:Twins熔岩隕石標記)我想知道細節 □
http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-69.html

[519] 巨大隕石痕Φ400mを新発見!! 中国青海省 in Yahoo!地図で!!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 3月 9日(火)01時43分40秒
   青海省ツインズ溶岩隕石痕  6500万年前の二次的溶岩痕・2  IT溶岩ツインズ隕石の1.
    What is this trace(ツインズ熔岩隕石痕)? I ask you. (↑写真はGoogle Earth)

> Yahoo!地図で、日本から移動しても見つかるのかな^^???
  Yahoo!地図(の航空写真)でも見つけることが出来ましたよ^-^♪。
    貴方も、この<衝突痕>を世界へ発表して鼻高さん^^になりませんか^^?
Yahoo!地図でも発見けられるということは、PC,やっている人なら、その気になれば^^誰でも見つけることが出来るということですよね。以前に、この記事をnature>や、その他の機関に、この報告書を送ったことは、この掲示板でも申し上げました。nature>を除いてすべてが無しのツブテ^^!でした。世界中で誰もが相手にしてくれません。だから鼻高さんになれるのです♪。世界中で貴方さましか、この衝突痕の重要性に気付いていないのです。この痕跡が火山口か隕石の衝突由来かは全く別にしても、この地形が『衝突痕』であることは、万人が否定できません!!!

この衝突痕には、次のような<特異性>があります。
①約Φ400mの、そこだけが赤色化している。Yahoo!,Google Earthで誰もが発見できる。
②周りの状況や地勢からして火山性の原因とは考えられない。
③中心部に直径100mの凹地が二つ並んでいる。
④そして、その凹地を中心にして放物線条痕が、北東方向に二つ重なっている。
⑤中心部の凹地二つの底が、シャーレー状約10m深さで、ほぼ平になっている。
筆者は、その痕跡がロート状ではなく際立ったリムがないことから柔らかい(熔岩性)物体が衝突したとしました。
⑥世界中で(私を除いて)誰もが発表していない!? 
    ワタシは、この写真を先様方が観て「何故?話題に上げないのか」不思議でならない。

 < あなたも鼻高さんになって、>
この痕跡の希少性と重要性を世界に広げていきませんかぁ?? わたし素人は、この記事に限っていえば、著作権等の問題に関して、まったく意に介しません。(但し、写真は自己責任で!) この記事の、助詞のひとつ!  語句のひとつを変えて発表しさえして下されば、もはや、その報告書は、皆で共有できます !!!。 □
<その衝突痕の見つけ方^^>
①Yahoo!地図・航空図をクリックして、アジア大陸に縮小して、タクラマカン砂漠の東部あたりにカーソルをもっていく。
②そこを少し拡大すれば、筆者がコモドドラゴン形に似ているとした〇〇湖を中心にして三つの湖が/状に並んでいます。
③その、いちばん右の笑い目状をしたGas Hu(ガス湖)は、小さいので少し拡大したほうが良いかも知れません。
④さらに拡大していくと、ガス湖の近くに茫崖(ぼうがい)の地名が出ます。続けて花土溝 鎮(町)も出てきます。
⑤そこから大きく拡大していくと、西北西に延びる丘陵地がありますから、その <約27km>先 に求める <衝突痕> が現れてきます。・・・どうでしたか?  Google Earthより、すこしぼんやりとした色のようですが^^!。□ 見つかったら、この掲示板でも知らせて下さいネ^^。
<これより以下は、素人探偵の独論です^^!!>
 この写真の下半分に5~6の扇状痕がみえます。扇状地の成因は多量の水泥が一気に開ける地形に出たとき出来るのですが、このあたり一帯にも多くの扇状痕跡があります。それも捜して下されば幸いです。
 筆者は、この成因を『川が無いのに扇状地!』とし、例として、岩手県の胆沢扇状地をあげています。この地形の成因は、連なる平たん斜面にたいして直角に大津波が上り、下りおりる時、より低い所に集まり溝を深く削りながら、その麓へ濁泥土を扇状形に置いたと解しています。このように上流に「川が無いのに扇状地」が出来る地形は、経年で出来る扇状地と異なり津波のような短時で大量の水泥がないと出来ません。日本の祖先はその津波のことを<篠津>篠垂れ状態であったとか<垂水区>水垂れであったとかの地名として遺しています。貴方さまに問います。それ等の地形の上流に、その扇状痕をつくるだけの降水域と土量が認められますかと!!
http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-date-200810.html

・・・ つづきます ^^!



以下からが他へ投稿した「投稿記録版(2)」の順列です^^!
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【 投稿記録版 (2) 】
              投稿記録版(1) [468] からのつづきです。

[468] 福井県の水月湖底の年縞!!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年 9月13日(日)06時13分
管理人さまへのお返事です。
      https://8023.teacup.com/shimoeda/bbs/468
  巨大隕石軌道   → 彗星衝突 (釜石)  - 閃光ー    → 天狗森鉱床予想図035 - コピー
      BC2001/12/25/am6:00頃(日の出前)東北・釜石へ巨大隕石衝突!!

コメントありがとうございます^^。
・・・、クレーターについて色々に考えているのですが、中々まとまりません~~!Yahoo!(9/8(火)
10:06配信) ビッグニュースありました!!
年縞が過去7万年にわたり途切れずに1年刻みで残っている湖沼は、世界でもここにしかない。

サンデー毎日×エコノミスト
「福井県の水月湖底」の年縞(ねんこう:年輪のようなもの)
https://news.yahoo.co.jp/articles/a354a613adc25faf41ccbf117e07ddacdcf3fded?page=2
(本誌初出 「地球の古文書」の年縞 7万年を刻んだ水月湖の「奇跡」/15 20200825) 
■人物略歴 鎌田浩毅 かまた・ひろき 京都大学大学院人間・環境学研究科教授 1955年生まれ

 ドキドキします・・・・^^、 
取りあえず(私が)知りたいのは、岩淵先生と二人でやっている「(図)-東北釜石:巨大隕石」です。この落下日をBC.2001/12/25.am6:00頃(日の出前)と推んでいますから、その年縞に何かの異変が刻まれていれば大正解^^。

[470] Re: 小天体と隕石群の周回・落下方向
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年 9月17日(木)
管理人さまへのお返事です。コメント&情報ありがとうございます。

> 水月湖、興味深いですね!7万年前まで調べれるならば、最近の隕石衝突の地層も特定できそうなものですね。
ただ、その水月湖の近場の隕石のそれですね。

 私が水月湖の年縞に期待しているのは、小天体衝突の飛散物等の直接的証拠ではなくて、間接的な証拠です。年縞のなかの<葉っぱの14C>を調べることによってその年縞が何時になったか分るそうです。
>『また、年縞に含まれる花粉や火山灰などを分析することで、過去の気候と地球環境も解読できる。さらに春、梅雨、夏、秋、晩秋、冬によって異なる堆積物が残されており、年縞を使えば縄文人の生活を1年ごとに知ることができる』
https://news.yahoo.co.jp/articles/a354a613adc25faf41ccbf117e07ddacdcf3fded?page=1

 7万年もの間の物差しですからその判別には膨大な量の調査と時間が予想されます。私たちが思う大きさの小天体の衝突が、陸部であれば必ず「隕石の冬」を伴わなければなりません。その時の気温の降下が大きければ大きいほど年縞の間隔や変わり目が顕著に現れます。温暖期が長く続いて “急に” 寒冷期になっていれば場所の特定はできませんが「その時」に小天体の衝突があったと判別できます。
 例えば、これを逆にとらえて自分の提唱する4000年前や、先さまの云われている1万2千前に、そのような年縞の変移があり、ボーリングコアに<寒冷期の葉っぱ>でも捕まれば、つよい状況証拠となります。近場で直接的のものでは中国と北朝鮮の国境にある白頭山(活火山)の火山灰が確認できているそうです。

 惑星や衛星の運行についての情報ありがとうございました。それには色々な法則や作用があるのですね。素人にはそのすべては理解しえないですが、その衝突は太陽系のようにできあがった形では小さいものは別として、隕石の冬を伴うほどの大きさのものが、太陽なり地球の周回軌道に入るまえに捕まえなければ、取り逃がしてしまうのではないかと思っています。つまり半周以上の周回では捕まえるのが難しいのではないかの考えをもっています。太陽系で重力の大きい木星の影響力をきいたことがありますが、(北海道)地球の傾きに近いものの衝突角であれば、月の重力が関係する時を考えねばならないのですね。月のことはまったく考えの内にありませんでした(汗~)。ありがとうございました。

> この辺、もう少しわかりやすく図にしたように感じますが、下記のグーグルマップを拡大していくと地球の球形がでてきますので、その地球を回していくと、その原理がわかるかと思います。お試しください!
>
> https://www.google.co.jp/maps/@43.5640934,147.0720686,6z/data=!5m1!1e4?hl=ja

上記のURL、わたしのPCではエラーがでて捕まえられませんでした^^!.
 尚,Google Earthは、インストールしていますが北への方位修正ができなくなり、とても使いづらくなりました^^!

[472] Re: 小天体と隕石群の周回・落下方向
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年 9月20日(日)
管理人さまへのお返事です。 コメント&情報ありがとうございます。

> 地球軌道角での隕石落下からクレーター生成については、これからちょっと道東に向かうので、現地の地層などをみながら、確証を得たいと思います!
>
 お気を付けていってらっしゃいませ^^。
(先さまの以前の記事で)小天体の衝突痕として斜角が小さければ衝突方向に堆を残すとか五・六角形になるとかに斬新さや意外性をおぼえたことがありましたが、溶岩様や、微視的なものでSiO2が確認できればいいですね。酸化ケイ素は小天体衝突時の高温で発生し、通常の火山の噴火熱では発生しないのではと思っています。又、ドローン等が使えれば衝突域の植生の違いの有りや無しやをみるのも面白いかもしれません。たのしみです^^。

 北海道のチャシ(跡): はじめて知りました。戦いのためにも使われていたとのようですが、わたし素人は、薬石探しに列島に来た「徐福と武人集団」が、なぜ北海道の内陸に侵入痕跡がないのか? を思っていましたが、その理由の一つとして、アイヌの人達は天地のすべてを神体としており神域をおかすものへの強い抵抗と、熊と共存しゲリラ戦(ベトナム戦)を得意とする人達。専門家の多くは徐福は列島支配の目的ありとみているようですが、私はそうは思いません。徐福達は列島の植民地化が目的ではなく「不老不死の薬石探し」が大きな目的。もし、それを違えて「安穏な列島暮らし」が始皇帝の耳に入ろうものなら、十万二十万の大軍を繰り出され、たちまちのうち殲滅されるかの恐れがあります。それに北海道の地は広大な中国にも似ています。激戦をしてまで「珍薬探索の要無し」との結をだし太平洋岸を周り、岩手あたりまで南下したのではないでしょうか。遮光面土器、なまはげ、蕨手刃、金色堂の童子を連れた釈迦仏画等はそのなごりと推んでいます。
 史記に「徐福は広大な州の王となった?」とあるようですが、これはあくまで中国本土の人がその伝聞を記したものであり、事実かどうかは分かりません。先没した始皇帝の暴君性の“トラウマ薄れ”への結果としてそのようになったかも知れませんが、「神仙の列島に仙薬あり」を信じて出帆した徐福には、定住性はなく生涯がサバイバル!! どの地ではてたかは分かりません~~!

 北海道の地名に「空知、美唄、忍路」があります。
わたし素人探偵は、四千年前の天空を血色の巨大塊が、ビリバリの衝撃波と音をだし、恐ろしい路を松前のほうに飛んでいったとの地名伝言だとしています^^!。

[474] 小天体と隕石群の周回・落下方向
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年10月 3日(土)
<巨大隕石の侵入ルートについて>
“地球・スイカに任意の3点をどこに付けようがその3点は包丁で切れる!!!”

かつて、BC.2001/12/24.25、今から四千年前の「東北への衝突大隕石」のルートを推定した時、その大事変の通過を祖先たちは "体感しているはずだ"として巨石遺構等に注目したことがあります。

(一点目) イースター島のモアイ像→ 飛出た眉骨で、眩しい空を見上げている。
(二点目) 仏・英国のカルナック列石とストンサークル→ その方向性「カルナック列石は廊下だ!」
(三点目) 日本「竜飛崎」は、祖先からの伝言だ! 「竜は隕石、竜は神!!」
     その赤い飛翔体は竜となり、神となって人心に入り込んだ→巨石文化へ!
 この3点だけでは、前述のように地球スイカは包丁で切れてしまいます。

この線上(巨大隕石のルート)に4点目が無いかと捜しました。それが「ペルーの地上絵」です。
(四点目)があれば、その隕石ルートは確定しますからね^^。
   この詳しくは以下のmyブログに↓
   http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-14.html

ナスカの地上絵に二百mほどの巨鳥絵があります。しかし、この巨鳥は筆者の推定ならば東北方向へ描かれていなければならないのに、南東方向に描かれていました。悩みました(笑い) 注視すると、コンドルのようながっしりとした足なのに、ツルのような丸い頭と細長いくちばしが描かれている矛盾があります。そうだ! 丸い頭がその巨塊で細長いくちばしは朝焼けの空に異出した彗星を描いている。この地の人達はその飛び去った方向より南東の方向から来たことに関心があったのだ。(図1)

これに似た巨鳥の未確認地上絵は、英国のプリマスの岩表地帯に見えますからGoogle earthで捜してみて下さい。この記事はmyブログのどこやらに書いていますが忘れました。・・・そして、その『生け贄をツイバム巨鳥絵』を、プリマス市長と、ネイチャーに送りましたがnature からは返送されました。とっておけば、わたしの没後にプレミアがつくかも知れないのにねえ^^! (図2)
  捜しました→http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-13.html

 人類史からいえばわずか4千年前の出来事です。アイヌの人達も<縄文期の大事変>を必ず遺しているはずです。どなたさまでもいいから^^、この見地に興味のあるお方さまがいたら、調査・発表していただけませんか。ちなみに私は、龍画は、神仙列島へ探索に来た大陸人が列島住人から聞き及んだ <モンタージュ画だ> としています。

[477] Re: SAHARA(湖底のボーリング採土柱)
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年10月15日(木)
 > あとで拝見させていただきます!

 管理人さまへのお返事です。毎度のコメントありがとうございます^^。
昨年の10/13日に列島を襲った台風19号を節目として終活をしていますが 「湖底土のボーリング柱」を知りヤケボックイに火がつきました。(笑い)

<湖底土のボーリング柱>
>「何もなくても不思議はなかった。 砂があるかもしれない。 研究の進展につながらない同質の泥だったかもしれない」とクレーペリンは思い返す。 だが、そうではなかった。 明らかにほぼ1年ごとの層になった泥は、1年ごとのみならず季節ごとの堆積物の層を分析できる ことを示していた。

>「退屈なボーリング作業」
ケルン大学地質学鉱物学研究所の地下にあるひんやりとした部屋で、古気候学専門家のJens Karls(イェンス・カールス)は2010年にヨアン湖から採取した16メートルの「ロング・コア」の1メートルのセクションをいくつか調べている。

京大大学院の人間・環境学:鎌田浩毅教授の福井県水月湖のものは、7万年前まで溯れることで世界の学者が注目(サンデー毎日 8月)Yahoo!配信

 わたし素人は(拙論)、四千年前、地球を半周し釜石へ巨大隕石が衝突したとし、その衝突の年月日を祖先からの伝言をもとに<BC.2001年12月24・25日、日の出前の6:00頃>と割り出しました(別紙)。24日25日としたのは日付変更線による欧州時と日本時の違いです。しかしながら、そのことがかえって「四千年まえの日時までもが割り出せる筈がない」と、その信ぴょう性を失う一因にもなっているようです(^^!)。
   http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-16.html

(拙論)釜石鉱山・天狗森鉱床を小天体の衝突核 とするならば、隕石の冬を伴わない筈がありません。とくに巨大隕石が陸部へ衝突したときは、大量の粉塵を成層圏にまで舞い上げ太陽光を遮ります。わたしは、その時の 気温降下を15・6℃、極への氷結による海水位の降下を5~6mと推んでいます。縄文期の気候の変化と海進と海退はひろく云われているところですが、隕石衝突で発生した巨大津波が陸地内部まで運んだ海生物を、気候の変動でおこる海進・海退と見紛ってはなりません。津波が運ぶ海成物は集積する傾向にあり、徐々に移行する気候の変化とは区別しなければなりません。

巨大火山の噴火による<半球への>粉塵拡散は1~2年と云われていますから、素人のいう15・6℃の気温降下が1~2年のうちにあったとすれば、縄文期の人達の生活はもとより、冷害で植生の興滅は、その時を境にして“激変”している筈です。それが水月湖の湖底に刻まれていないかと思うわけです。逆にいえば その変化がなければ拙論は成り立ちません! 特に、衝突発生部ちかくで250m(岩手県水界峠)を越す巨大津波が発生したと地名で遺していますから北上川水系と北海道南部・南岸には、その爪痕が必ず残っていると思われます。とかく私達は自分が育った地をあたりまえと思いがちですが、東北や北海道には中部以南とは異なる「何か?」が残っている筈です。・・・「東北・北海道をジオパークに」それが素人探偵の願いです(^^)。

 その水月湖底 7万年頁の 内の四千年前の1・2頁をわたしは知りたい・・・・、

[483] Re: 隕石研究会・・・
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年11月21日(土)
管理人さまへのお返事です。コメントありがとうございます。

> 隕石クレーター史研究会発足にむけて、そろそろ動き出したいところではあります。

 すごいことお考えなのですね・・・^-~とりあえずの参加者は、
先さまと。いわぶち先生と、わたしの3人しか思い当たらないのですが・・(^^汗~)

わたしの本懐とするところは、そちら方面なのですが余りにもぶっ飛びすぎているので・・・
なにかしら世間の注目をあびる、きっかけはないかと始めたのが・・・

①卑弥呼が埋めた未掘の銅鐸23個±αが「吉備・総社市の岩屋寺裏の崖上に!」
 この件は、
 この素人ひとりが諸難を排して、ここに金属反応ありとしても誰も相手にしない(笑い)。
  いちばんこわいのは肩書のない素人が下手に動いて「立ち入り禁止」にされること!

②天岩戸の原形で、1700年前の冬至の初光を入れる岩戸形式の洞窟が、
  「出雲市・猪の目峠茶屋跡から7分上がった所から北の行き止まり!」に隠されている。
その洞窟の奥行を10丈として、その入り口付近にズリ(排石)があるはずだとしましたが、
 これとて、そのズリがあればあったで「ズリ捨て場」だと云われるでしょうし、・・・
 よしんば、その洞窟発見まですすんでも「銅鉱石の試掘」だと云うお人がでるのは必定。
 実際に、銅鉱石の試掘・採掘と、ズリの捨て場があちこちにあるようです(^~汗~)。

③4000年前(BC2001年/12月)の東北に降臨した巨大隕石による「激変・隕石の冬が石川県・ 水月湖の年縞に」刻まれている。
 この件は、専門家のコラボ調査・解明を依頼するには費用が必要(^^!)

以上、いずれも史学にはないことであり、素人探偵が口でいうのは簡単ですが、いずれも「専門家の鑑定・認証」がないかぎり、だれも相手にしない。その専門家は、30年来2000通が無反応です(^-^!)。

[493] Re: 北海道東部の重力異常
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年12月 3日(木)

管理人さまへのお返事です。コメント遅くなって申し訳ありません。

 専門的な分野までもふみこんでおられるのですね^^。
わたしには専門的で重い部分でありますが、かつて釜石馬蹄形を小天体の衝突体だとし、重力異常図に挑戦したことがありましたが求めるような顕著さが見られずそのままになってしまいました・・・

「物質のもつ比抵抗」の件、はじめて知りました^^!。思えば中坊のとき通電の夥多は習っていたのに全く思いつきませんでした(汗~)>私たち(^^?)の思っている衝突小天体の大きさであれば、核に鉄系金属の保持が考えられ、それが衝突によってどのように変移したり、どのような位置に収まるかは大変興味あるところです。その分布によって重力異常や磁気異常がでるのではと考えていたのですが素人には難しすぎて投げ出していました・・・^^!

「比抵抗」で、地下調査がなされるようにもなっていたのですね。わたしの知る30年前では爆薬による地下地盤の調査でしたから、その調査の一般化には日進月歩の進化があるのですね。私のかかげる釜石小天体もかなりの斜めの進入と考えていますから、管理人さまの上げられている北海道の多くの小天体の衝突も、その境界深度は図からみると5kmより浅いあたりかも知れませんね??。

> 今後は海域を含めた多点で精度の高いデータを取得し,3次元比抵抗構造を求め る努力が必要な時代になってきています

  いずれにしても、その研究所は会社組織のようですから、調査費用がいるのですね。

 ごめんなさい。上げられているご記事・資料のすべては理解できなくて・・・、
次報がたのしみです・・・^^。

[497] Re: 北海道東部の重力異常
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年12月 5日(土)
管理人さまへのお返事です。 コメントありがとうございます。

> 比抵抗の件は興味深く感じてます。真上からではなさそうですね。斜めだとするとひきづったあともみえるはずですし、衝突角を逆算してみましょうか!

「比抵抗」で、その小天体の衝突地形や“深度”が分れば、衝突塊の総量がわかり、それを丸めれば衝突前の天体の直径も推定できます。それは、科学的な言及へより一歩進むことになりますよね^^。自分には、それができていません^^!

その衝突塊を丸めると、管理人さまが上げられている北海道の多くの候補地や、わたしの掲げている「釜石馬蹄形」もですが、その衝突前の直径が Φ1kmを越すと人類が生き残れていないと いわれている科学の常識^^?を 超えた大きなサイズになると思われるのですが・・・、(わたし素人はその論におおきな異議をもっています) 無論、その衝突が人類の発生とされる 500万年以前であれば別問題となります。

 すでに衝突痕と国際的に認定されているものは別として、新しく「衝突痕」と認定されるには、その認定機関がカナダにあると。岩淵先生から聞いています。それと認定されるには、まずは理解・興味をえて、その人たちを招へいし、その認定を受けなければなりません。その可否はともかく、それにかかる費用はペーパー1枚まで依頼者側持ちのようです^^!。日本で衝突痕と認定されているモノはまだまだ少ないとも聞きます。その前に国内の火口論者の反論も聞かねばならず、・・・このさき長いように感じます・・・(アセアセ^^!)

>「衝突角を逆算してみましょうか!」

 数学計算は、先様のお手のモノ^^。衝突角はもとより、エネルギー総量、スピード(km/S)、温度等々、いろいろありますね。ただ4000年前の竜飛崎や、出雲→速玉ラインを飛んだ巨塊が(朱色)赤かったと祖先は遺していますから、その芯の温度は別として表面温度は7・800℃かなと思っています。このてんから、色々に衝突前の巨大隕石の動画に描かれている姿には大きな疑義をもっています^^。ただし、その小天体が惑星軌道をもっていて太陽直近(ケプラーの法則)の通過の前後であれば別の問題が生じます。
[499] Re: 北海道東部の重力異常
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年12月10日(木)
 管理人さまへのお返事です。コメントありがとう御座います。

> お返事ありがとうございます。
> 認定機関がカナダにあるんですね!英訳しないといけないかな・・・。

 ・・・探しました^^!・・
  歴史掲示板への投稿〔3274〕→https://8220.teacup.com/toraijin/bbs/3274
以下は、奥州市岩淵先生から頂いた論文より、
「四千年ほど前の彗星デブリ衝突」2016/4/22(全8頁)
【はじめに】 高名な英国の天文学者D.アッシャー氏は「人類の歴史における天体衝突現象の変遷」と題した ・・・中略、・・・ 国際的なクレーターの認定機関であるカナダにあるPASSC(The Planetary and Space Science Center)に送り、PASSCチームの来日を要請している。日本には彼等によって認定され、EID(Earth Impact Data)リストに載ったクレーターは一つも無い。
 パソコンのインターネットで「PASSC EID」をクリックすると、現在世界で188ヵ所、アジア・ロシア圏では30ヵ所が認定済みで、4000年ほど前のクレーターとしてはヨーロッパ圏にエストニアのカーリークレーターが載っている。南北海道・北東北のクレーターとしていくつが彼らにより認定されるか楽しみにしている。 【了】

 岩淵先生は「彗星(汚れた氷塊)衝突説」。わたしは「釜石馬蹄形・実弾説」の違いはありますが北上山地越えの巨大津波の発生は同論です。北海道勇払平野の脇にも巨大津波の痕跡があるかも知れません。祖先は「勇払」といっていますから。ここで大切なことは、なにも地質時代の大衝突ではなく、BC2001年末の祖先がその大事変に遭遇・経験し、巨石文化を築いたり地名としても「竜飛崎」と言い遺していることにあります。

これ等の詳しくは、岩淵先生の「彗星衝突による・縄文超々巨大津波-文芸社¥1300」をおすすめします。 先生は、D.アッシャー博士と英で対談されたり、エストニアのカーリークレーターへも訪問されたりしています。

> 複雑な計算をするには、やはり機関に任せるしかないですかね・・・。
> 我々の発見を理解してくれる理系のお友達を探しましょう・・・!

 時間さえいとわなければ、その総量は国土地理院の地形図標高量+推埋没量(標高と同量として- マントル上に浮く大陸の考えアセアセ^^!)で、ほぼ々出るのではと思いましたが、手づかずです・・・^^!
日本で専門外のモノが、理学スレスレの事を言うには、むつかしい・^^? キシ先生はプレスリリースをいわれていました。地元には従来説では説明できない何かの不思議が必ずあるはずです。世界の科学者が「東北と、南・北海道」に注目し『この地域をジオパークに!!』が素人の願いです。
 先さまは広い交友関係をお持ちなので楽しみです^^♪

[501] Re: 地球球面と図法
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年12月20日(日)
管理人さま、コメントありがとう御座います^^。
 ご多忙のよし、なによりです。

<鹿島・浅間・伊勢・>ラインを再考されているのですね。
わたしは、先様方が掲げておられる<ライン>が、恥ずかしながらよく分っていません^^!。

土地の私有化が定まっていない古代に(縄文弥生代~)、何故「その地、その場所」と定めて "聖地”とするには、何かの由・わけがなければなりません。
その始まり(発端)は、いつ(頃)で、だれ(人間)が、なんで、その場所(聖地と)定めたのか??
歴史を識らない中坊ですが、挑戦してみます(汗~^^!)

> 古代史掲示板で、図法の件で投稿してみました。隕石の落下ルート解明の件でも役立つかもしれません・・。
 ええ、私は上記の考方法で四千年前の東北に降臨した巨大隕石の軌道を割り出しましたよ^^。地球表面、丸平(まるべた^^)その地を聖地と定めたには大自然への驚愕があった!
イースター島(モアイ)→ナスカ(地上絵)→ドーバー海峡(ストーンヘンジ&カルナック列石)→東北地方・大湯(忍路・竜飛崎・大槌)これ等は、地球儀表面で ”一直線上” にあります!!!

 コロナ禍の拡大、心配ですね・・・、どうぞお気をつけて・・・

[502] 北極の小さな島で最後のマンモスが
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2020年12月30日(水)
 興味深い記事見つけました^^。
> 最後のマンモスは、なぜ北極の小さな島で死んだのか
https://www.businessinsider.jp/post-200261

エジプトのピラミッド建設より遅く、今から4000年ほど前に最後のマンモスが絶滅したというのだ。しかも、急激に絶滅したか !? →その原因は急激な気候変動か・一部元素の変動か・

 わたし素人探偵は、4020年前のBC2001/12/24・25「釜石馬蹄形が巨大隕石!」で、舞い上がった粉塵が北半球を覆い1~2年のうちに、推定で 12・3℃ 降下した “隕石の冬” を言っています。
「巨大隕石」http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-6.html
食料事情大激変! 小さな島では移動もできない。そのほか、巨大津波の発生。火山の誘発等。色々とあったのでしょうね。・にもかかわらず、こうして私たちは命を受け継いでいます。
    来たる年が、コロナ禍が、ひと時もはやくに収まりますように・・・

[505] Re: 今年もよろしくお願いします。
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 1月 5日(火)
管理人さま、皆さま> あけましておめでとうございます。
 昨年は大変お世話になりました。
コロナ禍が早くにおさまり、本年も皆さまにとってお健やかな年になりますように^^。

> マンモスの絶滅年代、気になるところですね。
> あれだけの寒冷適応した生き物が死ぬんですから・;・・、単に人間が狩猟をしすぎただけが原因なのか、考えさせられますね。

 マンモスの絶滅は40余年ほど前でしたか「人類の狩りのため」と教えられ、ソ連からの展示場で見た記憶があります。それには、マンモスの牙をドーム状に組み合わせ住居とした絵もありましたから人類の大なる影響が思われます。その後、子どもの凍結体や、細胞肉や毛やらも見つかってきました。これ等は温暖化で永久凍土が溶け表土近くになったからでしょうか。この度の情報では、「北極の閉じられた小さな島」という特殊な条件があります。それと、「4000年程前の石器時代に!」と「急速に」というワードがとても引っかかります・・・^^?

 情報では、雪の上にいく度かの雨がふり「表土の氷結による食料不足か?」と結んでおられます。実際には、それで千頭単位でトナカイやら、ジャコウウシが死んだ歴史もあるとか。ですが、マンモスはそれ等と異なり巨大な牙と強力な鼻とがあります。アフリカ象ですが、大きな木を押し倒し牙と鼻で枝を折り、その葉を食んでいる映像を見たことがあります。それを考えると雨による表土の氷結説にも幾何かの疑問がのこります・・・、 時もおり、列島では一晩のうち1m~2mの豪雪がありました・・・

> 地球球面による落下方向(クレーター列)のゆがみの件は、どう地図上に現れていくか、シュミレートする必要があるかもしれません・・・・
> つまり、隕石が落下していくルートは、23・4度の東北方面へと向かっていったとしても、正距方位図法における東北方面へと向かうはずなので、これをメルカトル図法の地図でそのルートを表現すると、やや北に湾曲したルートになるでしょう。
> そうすると、メルカトル図法において、云々・・・・・・、

 先さまは、メルカトール図法を組み合わせて、より詳しく軌道や角度を求めようとなさっておられるのですね^^! その方面はとても苦手です。それに、国土地理院では60年に?一度だったかな経度修正をしてたかな・それに、以前に先さまがあげられた歳差運動やら、何やらの周期を考えあわせると、万年単位の昔になるとお手上げです・・・^^!

<石見銀山 ↔ 小豆島 ↔ 熊野>ラインについて、
 このラインについては、わたしもとても興味があります。先さまやキシ先生も?云われていたのかな? この方は、AD560年ごろ(正確に覚えていなくてゴメンナサイ)だから、より追求可能かと思います。岩淵先生も石見銀山に興味を持たれ訪問もなされていました。・・・
わたしの方は、それを少し修正した<出雲市→淡路島→熊野灘>かな?とも思っています。理由として出雲に<石飛>の地名があります。それと神話にイノシシやら、赤ムゲもあることから「出雲大社の御神体は、イノシシ大の隕石塊か?」とお話したことがありました(sigechan izumo氏に)。小豆島も捨てがたいですが淡路島には多数の銅鐸の発見がありました。それというと熊野方面に銅鐸の出土があればいいのですが??(汗~^^)私は、特に祖先が残した<地名>に注目してきました。これを少しさかのぼりますが、<淡路とか鳴門>とかは、4000年前の祖先が遭遇した東北発の巨大津波を云っている<地名>だとしています。<多度津>もありますしね^^。
このように、その時の言葉や表現は、ともかく、その驚愕を何かに残し記録しておきたいと思うのは当然の事かと思います。そのデブリ(分散塊)を落としながら熊野灘沖に核が落下したかの思いがありますが、まだまだ考えが至ってはおりません^^!。

<管理人さまは>、朝鮮半島の歴史にも詳しいお方^^。このラインの延長上にそのようなイワレや地名があるといいですね。半島の石の上に巨石を載せるお墓の形は「空を飛ぶ巨塊」を模したものかとも思っています・・・半島には「東方神起」もありますしね^^!。
[506] Re: 隕石落下角
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 1月 5日(火)02時49分33秒   通報   返信・引用   編集済
管理人さまへのお返事です。関連情報ありがとうございます。
  先さまが以下の説を推しておられるのは存じています^^。

> 興味深い記事がありました。
> https://news.yahoo.co.jp/articles/dd570c3766be22a5891c0430c42fe8ff91162359
 ※本記事は、2020年に注目を集めたヒット記事を再掲しています。
6600万年前、巨大な小惑星が現在のメキシコに衝突し、恐竜など生物の75パーセントが死滅した。

 40年?ほど前でしたか。バークレイ校のアルバレス博士が「6,500万年前の大絶滅」は白亜紀末の境にイリジウムやオスミウムの含有が多いことから、恐竜が滅びたのは「巨大隕石」が原因だされて以来、それは「どこだ!?」と捜されてきました。「恐竜が滅びた」については、そのほか多くの説があるようですが、最新ではメキシコ湾付近にΦ10kmほどの巨大隕石が衝突した! との論説で席巻されているようです。ですが、これ等の論説には、その時発生したであろう「津波」の痕跡についてふかく言及されていないように感じています。

 皆さんに、今は受け入れられていませんが、わたし素人は「南極大陸は6500万年前の巨大隕石だ!」を掲げています。その理由の一つとして、その時発生した巨大津波は、地球の90%以上を覆い、今もその痕跡を(特に砂漠地帯に)残しているからです。その津波の痕跡シリーズとして、<オーストラリア大陸全域を削ぎ取った! 南米大陸を突き抜けその砂をメキシコ湾に! アフリカ大陸を削りその砂をサハラに運んだ! 北米の東部を突き抜け、大陸西部ではグレートベースンに入り込みメサやビュート地形を造っている!> ← ここまでをこの掲示板をお借りして述べてきました^^!
本年は「アジア大陸東部から乗り上げた巨大津波とその痕跡」に移ろうと思っています。・・・のでお楽しみに ・・・、

 その地形に興味と 疑問を持ったのは、中学生・世界地図帳を持ったときからです。もし、その地図をお持ちでしたら、先行して津波の痕跡をお捜しになりませんか? 何っ^^!・・『とっくの昔、少年心(こどもごころ)と共に無くしてしまったよ!』ですってぇ~^^? それは残念(笑い)。
  蛇足ながら、今では Google Earthというアイテムがあります^^。

[507] 独論: 6,500万年前の恐竜大絶滅
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 1月27日(水)
  <独論: 6,500万年前の恐竜大絶滅 >
極秘報告書『巨大隕石と大津波』 文芸社電子出版 2005/8/15~2016/10/21 絶版(売数14冊^^!)

 6,500(6,600)万年前、月(Φ3500km )より、わずかに小さい大惑星が南極に衝突し南極大陸として残った。 その時、発生した巨大津波の第一波は、地球の90%以上をカバーした。大陸の周囲から北上した巨大津波は赤道周囲4万kmで最大川幅となり一時的には弱まるが、赤道を越えると緯度により流れ幅が狭くなるので段々と波高を増す。そして、北極に集合増位した海水は、今度は南極へ向けて走り出す! 我等が愛する恐竜も飲み込んで!! それを確かめるに百論はいらない。<Google Earth>で観れば誰もがそれを確認できる。それに気付けばいいだけだ(^-^)。 各大陸にはその時の巨大津波の痕跡が克明に残されている。 このような広報を30余年つづけて来ました。
< 送返信の一例 >
       http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-category-10.html
National Geographic Society
   WASHINGTON, D.C. 20036     (April 25,1991)
Dear Mr.Hiira ( 実名ですが、とりあえず仮名で^^!)
1100 Robin Wood Road
 Gastonia, NC 28054
   We appreciate your sending us your theories on the extinction of the dinosaurs. It will be kept on file for interested staff members to view. You might be interested in reading the National Geographic article on extinctions in the June 1989 issue.
   Thank you for your interest in the National Geographic Society.
                         Sincerely yours,
                          (すかし入り用紙、サイン入り♪)
                    M******* C. B****
                  Research Correspondence
嬉しかったですねえ♪ 大統領に手紙を出した子供が返事をもらったようなもの!
辞書を片手に単語訳して、あとは連想ゲーム^^! なかでも特に嬉しかったのは、評価する(appreciate)の言葉と(kept on file)ファイルして保管するという言葉があったこと。これがあれば後々の世に認められた時<証拠>として残ります。難しいことの発明や発見ならいざ知らず、それに気付きさえすれば誰(素人)でも分かること。エベレストでも一番最初に登頂した者が歴史に残るのであって、この場合<一番先に!>ということが大切なのだ。米国地理学協会さん>共に喜びましょうね。そのファイルにプレミアムがついたときは。但し、この私がその時 “存命”していればの話ですよ(笑)  □
 < その概略をこの掲示板をお借りして述べてきました。>
[11]南極大陸は6,500万年前の衝突惑星だ! -1
              (2018/6/12) 南 極 大 陸 について、
[52]          その-2 (2018/7/11)       南 極 大 陸 について、
[87]          その-3 (2018/8/08)      南アメリカ大陸 について、
[148]         その-4 (2018/10/14)     オーストラリア大陸 について、
[152]         その-5 (2018/10/23)      アフリカ大陸 について、
[224]         その-6 (2019/1/11)       北アメリカ大陸 について、
その-7 (2021/0/00) 「アジア大陸に乗り上げた巨大津波」 につづきます^^!

[508] Re: 独論: 6,500万年前の恐竜大絶滅
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 1月28日(木)
     拙:絶版報告書『巨大隕石と大津波』より、
4 南極大陸が衝突大惑星だったら何が起きるか?
①地震と高熱が発生する。
②岩石を含む、大津波(大泥流)が発生する。
③地殻、地表がひび割れる。
④マグマを噴き上げ、火山活動が活発になる。
⑤粉塵や噴煙が、天を覆い隠す。
⑥水蒸気を舞い上げ、雷、大雨、大洪水が発生する。
⑦一時期を過ぎると気温が下がり、氷河紀へと向かう。
⑧その他の、あらゆる転変地変が起こる。

 その壮絶な光景、壮絶というには余りにもおぞましい状態を想像すると。
当時は無季節で温暖な気候が続いていた。巨大化した恐竜や、シダ類をはじめとする大植物が生い茂り、海には魚類や珊瑚たちが時代を謳歌していた。繁栄の後には終焉、終焉の後には新時代がくるのを誰が知る。安息の夜空に一つの点が現れた。天地は徐々に異常を訴えたが恐竜たちは知るよしもなかった。その不気味な存在は何を意味するのか。しだいに地球に近づいている。このまま進めば地球軌道と交わりそうだ。予兆が始まった。地球は恐れ慄いて震えだした。その巨大な塊は極点に狙いを定めていた。冷たくて白いもので覆われた南極を狙っていたのだ。

 閃光が走り、号砲が成った。あらゆるものが破壊され、あらゆるものが飛び散った。海水はクラウンとなり静止した。次の瞬間、泥海水は狂ったように走り出した。極部で、数千m は越したであろうか。否、それ以上だったかも知れない。・・・・・・
   前記事の<大津波の地球図-1993.9.23>へつづきます・・・^^!

[509] Re: 独論: 6,500万年前の恐竜大絶滅
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 1月29日(金)
前記事[507]の<大津波の図-1993.9.23>の説明(カッコ内は補足です)
 この図には、小さくて見ずらいと思いますが矢印の元あたりに番号をふっています。

    拙:絶版報告書『巨大隕石と大津波』より、
 巨大津波の①は、南米大陸とアフリカ大陸の間の大西洋を小溝のごとく駆け抜けて、北極海へ向かった。(津波と直角にあたるギアナ湾沿岸は、陸地内ではありますがリアス式沿岸に似た様相を示し、その時噴出したアイスランドの南岸は単調であり北岸は流された形をしています。アイスランドに6,500万年前より前の地層はない。面白いことに、こういった地殻を貫入(噴出)した岩体には、その噴出分を補うように凹むことがあり、それが小さくではありますが南東沿岸の海底あたりに見受けられます^^!)
②の南米のブラジル高原を削り取った大泥流の一端は、メキシコ湾に流れ込み北米東部を駆け抜けた。(この赤道越えの北緯17°~30°あたりはサハラでも前述しましたが津波の力が弱まる所であり、メキシコ湾の海底は堆積土が厚くあることで知られています。近くのバーミューダ海域では砂と共に埋没した陸上物が腐泥しガスを発することがあると謎解きしましたよ。)
③の東太平洋を駆けた大津波は、北米大陸に突き当り、駆け昇った。(ロッキーとフロリダのハの字地形を津波が通り過ぎるとき流れが集まるので表土を削り低湿地帯になると前述しました。ミシシッピー州あたり。)
④のオーストラリア大陸をひと舐めにした怒とうの大津波は、バンダ海に渦をつくりながら東アジア大陸に乗り上げた。(このバンダ海の巨大な渦巻き地形は是非に観て欲しいのですが、その渦巻きにより清水域が出来て深海で棲息していたシーラカンスが生き延びたとしました。類似に、マダカスカル・コモロ海域。ちなみに水深150(160)m以下では津波の影響が小さいとの論説がありました。)
⑤の東インド洋のものは、オーストラリア大陸のものと一緒になり、タリム、チベットへ溜まりこんだ。(「津波、川を上る」。チベットに塩水湖あり。)
⑥の西インド洋のものは、マダガスカル北に渦を作りながら、イラン高原という跳び箱に駆け上がり、乗り越えた。(魚たちは中東で今に石油となり、カスピ海南岸のエルブールズ山脈を飛び越えた巨大津波は、そこに滝つぼウオーターホールを作っている。)

そして ⑦のアフリカ南部を削り取った大泥流は、(前述の)サハラ砂漠を造り、地中海に流れ込んだ。
  大運動会が終わった。地球上の全てを北へ押し流した。山岳や大地や緑を、そして我らが愛する大恐竜をも呑み込んで。海水は引き戻しの余波を残しながらも、平静になるかにみえた。が?? 今度は、地球自身に変化が起きていた。・・・・つづく^^、

[510] Re: 独論:6,500万年前の恐竜大絶滅は南極大陸が衝突惑星だった!!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 1月30日(土)
「南極大陸は6,500万年前の衝突惑星だ!」のシリーズ1~6までを掲げてきました。
その中でいくつかの解きがたい問題点がありました。

その① その年代を白亜紀末の6,500万年前にするか、あるいは6,600前にするか、または6,550万年前にするかは、学問的には大切であっても素人的には誤差の範囲であり、大きな問題とは思っていない。

その② 青面金剛さまから南極中央山脈から2億〇千前の堆積岩?の化石が発見されているとの指摘を受けた。

 これは、暫定で月の大きさに匹敵する衝突惑星であるから、衝突の一瞬で、その全てが溶融したとは限らないし、地球においてもグリーンランドの38億年前の岩石もあればアイスランドやデカン高原のように、6,500万年前のものもあることから、月に匹敵する地球の1/4サイズの衝突惑星であれば表層にそのようなバラツキがあるとも考えられると逃げてきた。

その③ 管理人さまから、大陸分離移動説で、南極大陸とそれに連なる周囲大陸からその昔にはくっ付いていたと思われる古生代○○年の化石が両方の地から発見されているとの情報を受けた。
その資料捜します→^^! ・・・ありました^^。
   https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/72_02_04.pdf
  南極大陸の歴史を探る⑤ -ゴンドワナ大陸- 木崎 甲子郎
・・1967年12/28日、米地質学者ピーター バレット氏とデイビット ジョンソン氏が、南極点から500kmほど離れたベアドモア氷河とシャックルトン氷河の源流とのあいだにあるグラファントピークのふもとを調査中。すでに南極大陸を囲む南アフリカやオーストラリアで発見されていた三畳紀(2億年前)に栄えた両棲類のラビリンスドントの化石を発見した。・・・、
Ⅱ ゴンドワナ大陸  -グロソプテリス植物群-
 ~、 ゴンドワナ植物群というのはグロソプテリスを代表とする石炭紀から二畳紀にかけて、インド、南アメリカ、南アフリカ、オーストラリアや南極大陸に繁栄した植物群である。~、 □

~等々のことから、南極大陸は、南アフリカ、インド、南アメリカ、オーストラリアと、その昔にはくっ付いていたとする<ゴンドワナ大陸説>。

 この問題は、ウェゲナーが大西洋を挟む両大陸に対応する地に同種のミミズ?が棲息しておりミミズは海を渡らないとした氏の論を強く支持している当方としては、決定的なダメージを受けた。それは、地球外惑星が南極に衝突し南極大陸として表層に残っているとしている当方の論にブーラメンとして返ってきた。
しかしながら、ゴンドワナ大陸説に 百歩譲っても『南極発の地球の90%をカバーしている津波痕跡の現存』は否定できない!!

わたし発案の10年後だったかな?? 朝日新聞に「南極大陸に巨大隕石が落ちて(衝突?)して南極の氷が溶けて巨大津波が発生し恐竜が絶滅した」というニュースがありましたが、それにしても、差し渡し5.000kmほどの南極大陸のすべての氷床を溶かすほどの巨大隕石のサイズが想像できない^^! ・・・・・^^???。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 独論を掲げて以来の30余年、数々の解きがたい壁に突きあたって来ました。
そのたびに時間はかかりましたが^^!、 ・・・先ずは、思いだすところから、

その① 恐竜・魚類→石油、植物→石炭として、それらの多くは北半球に流され留まっているのに、何故、マンガン塊や大量のSiO2塊は赤道付近に留まり北太平洋の奥まった所まで流されなかったのか?
 答え: この問題は気付きさえすれば簡単。地球は丸く赤道で最大川幅となり、流れが弱くなる。しかし、アンモナイトのようなものはその形状によりベーリング海峡近くまで流された。

その② 南極には石炭の露頭があり温暖期があったと思われます。
 答え: この場合、露頭がキーワードであり、北極からのリターン津波により、今だ冷めやらぬ大陸上で漂着した植物群が蒸し焼きになった。

その③ 巨大津波の発生ならば、何故、泥流で深海溝は埋まっていないのか?
 答え: 津波の第一波が北極へとどくのは約一日の24時間ほど。地球を例えれば、半熟卵のようなもの。大陸大惑星は衝突後の一瞬は沈み込むが地球体の反発により、浮き沈みのバウンドを繰り返す。その後に衝突熱やら地球の内部熱やらで衝突体の大半は溶解して同化球体化していった。その分、地球は体積を増すので徐々にそのヒビ割れを広げていった。津波の発生で深海溝が泥流で埋まらなかったのは膨張にタイムラグがあったからだ。

その④ 北海沿岸油田分は、何故、シベリア奥地まで運ばれなかったのか?
 答え: 津波の力は、その漂流物の同様物を集め、その先端や、両端に置く傾向がある。北極海からのリターン津波とその端置く津波とが相まって北海で油田となったのだった。

その⑤ 「一夜にしてその形を変えるという、その砂丘が、6.500万年後の今の今まで残っているはずがない!」この 思い込み が、この謎解きの大きな邪魔をしていた。
   ・・・つづく・・・^^、

 上の図と写真は、この「謎解き」のキッカケとなった「学研図鑑」と、Google Earth から得た写真です。クラゲの頭状の方向に大西洋。クラゲの触手状の方向に、ほぼ太平洋が対応しています。大陸基岩は片麻岩、頁岩ですが、それは衝突により半溶融して鍛造状になったかとし、触手状部分は、そこに既存の陸地がありそれとの衝突で半分が破砕したかと謎解きしました。太平洋に前述のマンガン塊や大量のSiO2群があるのは、小惑星体の核部分や岩石が熔けてオパール化したとしました。このSiO2塊は溶融岩石が急激に海水で冷やされ縞状になったり、水晶化したり、中に海水が取り込まれているのがあったりするのが特徴です。

 南極大陸の周りに赤い線を引いていますが、これは衝突のショックで周囲が盛り上がったとしました。太平洋の海底にギュヨーという平頂海山がありますがその斜面でコバルト・リッチクラフトが見つかっています。これは、衝突惑星体の核が溶融しへばりついたものだとしました。この推論が当たっていれば、南極大陸を囲む太平洋海嶺の内側斜面に<金>がへばり付いているかも知れません^^!? なにしろ金は延性があり重いですから遠くへは運ばれませんのでので・・・(^-^!)

[511] 巨大津波:タリム盆地に入り込んだタクラマカン砂漠!!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 2月 3日(水)
 <タクラマカン砂漠一帯に、残っている筈のない巨大津波の流紋痕が !! >
     ゴビ砂漠
   特に、写真矢印の左側下方あたりに、その 流痕跡 が認められます。

6,500万年前、月に匹敵する惑星が南極に衝突し南極大陸となった!! このとき発生した巨大津波は、地球の90%以上をカバーし、驚くなかれタリム盆地に入り込みタクラマカン砂漠となっていた。その「残っている筈のない津波の流紋痕」が、この一帯に、じつに克明に残っている。→それを Google Earth で確認できます^^。

 先端科学は日進月歩書き改められている。このようなビッグイベントは、現存の科学的概念を刷り込まれていると天動説中の地動説のように拒否反応が働き現実を受け入れることが出来ない。(ちょっと言葉がすぎましたかぁ(^-^!)? わたしの場合は、その学識がないことが幸いしてます^^!)
私たちは、そのことを “信じる” のではなくて、そのことに “気付くこと” が大切だ。「信」の字は人が言うと書く。人が言うことほど 'アテ’ にならないことはないからね(笑)。引き続きのゲーム感覚で楽しんで頂ければ幸いです。・・・つづく ^^! ・・・
   ↓ Welcome to my Big Game^^.
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[512] 南極大陸は6,500万年前の衝突惑星だ! -7
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 2月 9日(火)
地球の90%を覆った巨大津波は「アジア大陸内陸」にも上陸痕を残していた !!
     http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-64.html
中華人民共和国
中国チンハイ(青海)省 あたり - 1/3枚中
  google earth で、アップダウンを繰り返し、その流紋痕を確かめて下さい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
    [11]南極大陸は6,500万年前の衝突惑星だ! -1 (2018/6/12) 南 極 大 陸 について、
    [52]       々  その-2 (2018/7/11)  南 極 大 陸 について、
      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-67.html
    [87]       々  その-3 (2018/8/08)  南アメリカ大陸 について、
      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-59.html
    [148]       々  その-4 (2018/10/14) オーストラリア大陸 について、
      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-60.html
    [152]       々  その-5 (2018/10/23) アフリカ大陸 について、
      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-61.html
    [224]       々  その-6 (2019/1/11)   北アメリカ大陸 について、
      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-62.html

[513] Re: 南極大陸は6,500万年前の衝突惑星だ! -7
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 2月11日(木)
> 地球の90%を覆った巨大津波は「アジア大陸内陸部」にも上陸痕を残していた !!
>      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-64.html
ツァイダム盆地
  中国チンハイ(青海)省 ツァイダム盆地あたりから、 - 2/3枚中
    google earth で、アップダウンを繰り返し、その流紋痕を確かめて下さい。
この掲載写真でも、 PC.アップを使えば、ボケはしますがそれが見えます。
   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
写真は、(青海)省 ツァイダム盆地あたりから遡上した津波痕。3枚中の2枚目です。
 この東方には「ゴビ砂漠」があります。6,500万年前の巨大津波は黄河をさかのぼり、この地に達しています。巨大津波が陸を遡上する時、その表土を破砕し微細土にすることがあります。この現象は列島河川の上流から下流域の様相でもそれを確かめることが出来ます。上流のぐり石から河口の微細砂が。といっても、今ではその河口はコンクリート護岸で固められそれすら確かめることが出来ません~~!
<黄土地帯は遡上津波がつくったのだ!!>
 陸に上がった津波は通常の川の上下流と、まったく逆の様相をつくります。(岡山理大)ゴビ砂漠では、その時の津波で運ばれた恐竜たちの化石が埋まっていますし、その戻り流によって、黄河の下流あたりにも大量の恐竜化石が発見されました。
 2012/ 1月8日のYahoo! に【 気になるニュース 】がありました。
  ニューズウィーク日本版9月7日号掲載→ 1月6日(金)17時37分配信
  ローレン・ヒルガース (ジャーナリスト)氏 :  の文中より興味深い一部を抜粋 します。
見出し:<中国に現る! 最強の恐竜ハンター>
中国各地で次々と化石を発見する古生物学者、徐星(シュイ・シン、42)が、恐竜の進化と移動に関する従来の学説を根底から覆す? ←氏は、これを大洪水因とされていますが、わたしは、これを巨大津波の戻り流と解きました^^。

[514] Re: 南極大陸は6,500万年前の衝突惑星だ! -7
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 2月12日(金)
> 地球の90%を覆った巨大津波は「アジア大陸内陸部」にも上陸痕を残していた !!
>      http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-64.html
タクラマカン砂漠
>   中国チンハイ(青海)省 ツァイダム盆地あたりからの、 - 3/3枚中
    google earth で、アップダウンを繰り返し、その流紋痕を確かめて下さい。
> この掲載写真でも、 PC.アップを使えば、ボケはしますがそれが見えます。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
写真は、青海省 ツァイダム盆地あたりから遡上し、タリム盆地に入りこんだ津波痕の3枚中の3枚目です。
 6,500万年前の巨大津波の第一波は、黄河をさかのぼり、「ゴビ砂漠」に溜まり込み、カラハリの表土を削ぎ取り、この地タリム盆地に達しています。

そして、津浪の第一波は、驚くなかれ高地ナム湖(塩水湖)にも。そして、溢水した巨大津波は、中東方面とバイカル湖にも。バイカル湖は、その後徐々に淡水化しています。そのスピードが遅かったので海成因の魚「いとう」は、淡水に適性化していったと謎解きしています。・・・つづく・・・、

第一波に遅れてこの地にとどいた津波は、盆地の南側にそって(矢印を幾筋か書いて)ありますが、サハラ砂漠で述回したような津波の「滑り台痕」を残しています。この確認はお近くの遊園地でなさって下さい(笑い)。

その後、この盆地に溜まりこんだ膨大な海水は徐々に干上がり、タクラマカン砂漠となった。中国大陸には広大な炭田地帯があるが、それから分離した動物体は、砂漠の入り口付近や奥まった辺りに沈み込み油田となって今の私達に供給している。

 さらに、海岸近くで繁栄していた貝類や、浅海の珊瑚たちは、津波によって集められ、中国・桂林をはじめ、フィリピン、ベトナム等々に積み上げられ、今の私達にその奇岩景勝を見せている。これを確かめるには、誰も歩いていない海岸の波打ち際で、その貝類が集まって打ち上げられているのが確認できます^^。 現学の定説は「かつての、その地は海だった!」という。大洪水で多くの山羊が流され海岸に埋まりました。反対に津波で陸奥に海生物が打ち上げられ、そこに留まりました。それでも現学(あなた)は、その山羊化石や貝化石を見て「かつては、山だったとか海だった」と云われるのですか^^?。

  『いつでも事実は、人知という科学の先に用意されている』
あなたは、この大事変を語るとき、わずか2mにも満たない人間的感覚を用いてはならない。

 南極大陸大隕石によって発生した大津波は、これ等の貝類を瞬時にして浜辺に打ち上げた。石灰岩のある場所は、旧ソ連は別として、大洋に面した所で、流れ(津波)の弱まった所、浜辺、背梁山地、谷間の奥まった所等にある。カルストの下に隠された鍾乳洞は、貝の体内で石灰柱は貝柱、鍾乳管から落つる雫は、貝たちの苦汁だと知るがいい。
  『世紀末 落つる苦汁は 新しく 迎える世紀の 礎なり』
石灰岩の生成年代は、6,500万年前より前の、中生代二畳紀のウルム紀とされている。ここでも私の暦をさまたげる。・・・絶版報告書より、

わたし素人は、
津波によって運ばれた “年代の異なる混合物” の生成年代の測定方法を知らない^^!

 この写真のなかに、二つの大隕石が重なり合い、直径200mほどの隕石痕が隠れています。
〇〇年にnatureに投稿しましたが「貴方の投稿は、natureで紙面を得ることは出来なかった。他紙のoutletの紙面に載ることを予感します」・・・だって(笑い)。
 その後、myブログや、この掲示板にも載せましたが、だぁれも興味なし^^!

[515] New discovery of lava meteorite!!「ツインズ溶岩隕石」Collision scar Φ400m
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 2月14日(日)
What is this trace? I ask you.

   “Twin's Lava Meteorite Scars”  East side of Takla Makan Das. Qinghai,China
 その『ツインズ溶岩隕石;仮称』の位置は;中国青海省ゴビ砂漠西部の辺りにあります。
     北緯38度22分30秒、東経90度34分52秒 (N38°22′30″ E90°34′52″)
     標高(Elevation) ;  (3,016 m)
 その大きさ(Size);中心部(Central)に、ほぼ (Φ100m x2)の円形が二つ並んでいます。
       (放射状の衝突痕のサイズは、 直径約 (Φ400m x2)が二つ重なっています)
 その深さは(Depth) ;  約(d.10m)です。

  Yahoo!地図(1図)でも、移動すれば発見けることが出来るかも知れません^^。
 衝突痕の下側にある二つの濁流痕 (Muddy stream marks x2) にも注意して下さい。

Just now,(Sept.02,2013)  I discovered secondary astrobleme of the iron pawn which collided in the western part of Gobi 65 million years ago. I call it an “Twin's lava meteorite” tentatively. The Antarctic Continent where I press-agent the first collision planet from 30 years ago is a huge meteorite of 65 million years ago.
I announcing it the Antarctic Continent size meteorite as big game 1&2 of my blog. The trace of the 90% huge Tsunami which covered the surface of the earth of 65 million years while is long, I am amazed to know that stay in the desert. If the Tsunami trace is left for a long time; the; while was long, there should have been the fall of other meteorites by all means. The secondary lava meteorite trace was caught in it when I looked for Gobi area using Google earth. It is the next photograph.
 You attention to the two muddy-stream traces on the side.

     http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-68.html
       誰でも<Google earth>で隕石痕を発見けることが出来る。
     http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-69.html
       誰でも「隕石痕」の発見が出来る!,の続き

[519] 巨大隕石痕Φ400mを新発見!! 中国青海省in Yahoo!地図で!!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 3月 9日(火)
   青海省ツインズ溶岩隕石痕  6500万年前の二次的溶岩痕・2  IT溶岩ツインズ隕石の1.
What is this trace(ツインズ熔岩隕石痕)? I ask you.   ↑写真はGoogle Earth

> Yahoo!地図で、日本から移動しても見つかるのかな^^???
  Yahoo!地図(の航空写真)でも見つけることが出来ましたよ^-^♪。
    貴方も、この<衝突痕>を世界へ発表して鼻高さん^^になりませんか^^?

Yahoo!地図でも発見けられるということは、PC,やっている人なら、その気になれば^^誰でも見つけることが出来るということですよね。以前に、この記事をnature>や、その他の機関に、この報告書を送ったことは、この掲示板でも申し上げました。nature>を除いてすべてが無しのツブテ^^!でした。世界中で誰もが相手にしてくれません。だから鼻高さんになれるのです♪。世界中で貴方さましか、この衝突痕の重要性に気付いていないのです。この痕跡が火山口か隕石の衝突由来かは全く別にしても、この地形が『衝突痕』であることは、万人が否定できません!!!

この衝突痕には、次のような<特異性>があります。
①約Φ400mの、そこだけが赤色化している。
②周りの状況や地勢からして火山性の原因とは考えられない。
③中心部に直径100mの凹地が二つ並んでいる。
④そして、その凹地を中心にして放物線条痕が、北東方向に二つ重なっている。
⑤中心部の凹地二つの底が、シャーレー状約10m深さで、ほぼ平になっている。
 筆者は、その痕跡がロート状ではなく際立ったリムがないことから柔らかい(熔岩性)
 物体が衝突したとしました。
⑥世界中で(私を除いて)誰もが発表していない!?

 < あなたも鼻高さんになって、>
この痕跡の希少性と重要性を世界に広げていきませんかぁ?? わたし素人は、この記事に限っていえば、著作権等の問題に関して、まったく意に介しません。(但し、写真は自己責任で!) この記事の、助詞のひとつ!  語句のひとつを変えて発表しさえして下されば、もはや、その報告書は、皆で共有できます !!!。 □

<その衝突痕の見つけ方^^>
①Yahoo!地図・航空図をクリックして、アジア大陸に縮小して、タクラマカン砂漠の東部あたりにカーソルをもっていく。
②そこを少し拡大すれば、筆者がコモドドラゴン形に似ているとした〇〇湖を中心にして三つの湖が/状に並んでいます。
③その、いちばん右の笑い目状をしたGas Hu(ガス湖)は、小さいので少し拡大したほうが良いかも知れません。
④さらに拡大していくと、ガス湖の近くに茫崖(ぼうがい)の地名が出ます。続けて花土溝鎮(かどこう町)も出てきます。
⑤そこから大きく拡大していくと、西北西に延びる丘陵地がありますから、その <約27km>先 に求める <衝突痕> が現れてきます。・・・どうでしたか?  Google Earthより、すこしぼんやりとした色のようですが^^!。□ 見つかったら、この掲示板でも知らせて下さいネ^^。

<これより以下は、素人探偵の独論です^^!!>
この写真の下半分に5~6の扇状痕がみえます。 扇状地の成因は多量の水泥が一気に開ける地形に出たとき出来るのですが、このあたり一帯にも多くの扇状痕跡があります。それも捜して下されば幸いです。このあたり一帯にも多くの扇状痕跡があります。
筆者は、この成因を『川が無いのに扇状地!』とし、例として、岩手県の胆沢扇状地や、地名では<垂水や篠津>をあげています。この地形の成因は、連なる平たん斜面にたいして直角に大津波が上り、下りおりる時、より低い所に集まり溝を深く削りながら、その麓へ濁泥土を扇状形に置いたと解しています。このように上流に「川が無いのに扇状地」が出来る地形は、経年で出来る扇状地と異なり津波のような短時で大量の水泥がないと出来ません。日本の祖先はその津波のことを<篠津>篠垂れ状態であったとか<垂水区>水垂れであったとかの地名として遺しています。貴方さまに問います。それ等の地形の上流に、その扇状痕をつくるだけの降水域と土量が認められますかと!!

[521] 中国青海省 新發現的巨大碰撞軌跡Φ400m在Yahoo! Map & Google Earth上
   投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 4月19日(月)06時00分
   青海省衝突痕遠景
         (↑照片是Google Earth)
在Yahoo! Map和Google Earth 新發現的巨大碰撞軌跡Φ400m!
 目前:中國青海省茫崖市花土沟鎮 西北約27公里(315国道)
 (当前是2021年4月19日)世界沒有人認識嗎?

您是否要找到此<碰撞標記>並將其發布給全世界^-^? 為了學術進歩和旅遊促進
這是什麼痕跡?(臨時名稱:Twins熔岩隕石標記)我想知道細節 □
http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-entry-69.html

[523] Re: お知らせありがとうございました。
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年 5月30日(日)07時18分35秒
管理人さまへのお返事です。コロナ禍、どうぞ御身お大切に!!
> 平さん、ご無沙してます。岩淵先生の訃報のお知らせありがとうございました。

 訃報: 追悼: 合掌:6/24
http://www.tankonews.jp/modules/bulletin1/index.php?page=article&storyid=429 (565ヒット)
(註)不確かな記憶ですが、5/24?頃(311ヒット) 5/30(565ヒット) 6/18?頃(約800ヒット) 6/24には掲載ナシ

  ('21/5/17/pm1:23) 先生のほうが先に逝かれました・・

「彗星衝突による 縄文超々巨大津波」-文芸社 奥州市:岩淵國人 
4千年前の東北地方に北上山地を越え胆沢段丘をつくるほどの巨大津波が発生しました。
  この大隕石は日本列島のみならず、世界史にもその痕跡を刻んでいる!!

 前学にない大論を唱えるひとは、世界に"五万と"いますが「この大事変を認め合える」のは世界でたった二人の <双友:only 2> でした。むつかしい論はなくてもいい。気付けば良いだけだ! もとよりの極大論、存命中に成るとは思っていない。記録は保っている。

   「まっててね。二人で俯瞰(ふかん)しましょうね・・・」
http://fujorinokuukan.blog108.fc2.com/blog-date-200810.html

[587] 故:岩淵國人先生<旭日双光章>受章!
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2021年12月22日(水)5時35分>No.522[元記事へ]
管理人さま・皆さま> へのお知らせです。
わたしの敬愛する <故・岩淵國人先生奥州市'21/5/17没>が、この度(12/22)に、
 内閣府から <旭日双光章> を受章されます。

先生は「歴史掲示板」の以下にも投稿されています。
[2831] 4000年ほど前の津波はノアの洪水ではありません
投稿者: 岩淵國人(医師) 投稿日:2015年 6月17日(水)22時09分7秒

[3274] 4000年ほど前の彗星デブリ衝突
投稿者: 岩淵國人(医師) 投稿日:2016年 4月 6日(水)19時41分11秒
https://8220.teacup.com/toraijin/bbs/3274
  彗星衝突による「縄文超々巨大津波」文芸社 2013/1/15初版第1刷発行

[589] 卑弥呼の生涯を仮説する?
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2022年 1月 3日(月)11時45分
管理人さま・皆さまへ> 本年もよろしくお願いいたします。

> 先生にお会いできなくなったのはショックでしたが、また引き続きご遺志を引き継いでいきたいところですね。

・・・ですね。しかしながら喪に服したい気持ちもあり、いまだに脱力状態がつづいています。岩淵先生の主は医学方面の顕彰なのでしょうが、私たちの方面でも <ご遺志を引き継いでいきたいところですね>・・めげず噴気します・・・~~!

 <卑弥呼の生涯> (自分的にも暴論の思いがあり控えていたのですが~~!、)
倉敷市船穂町(ふなおちょう)に、縄文の(里木)貝塚があり人骨や土器(倉敷考古館・間壁氏)が出土しています。ここを前にした小高い丘の中腹に「里木神社」があります。その立て看板に、この祭神を父とする稲田姫が出雲の素戔嗚尊に嫁いだとあります。櫛稲田姫については多説あるようなので素人が確たることは言えませんが、ここの北谷地区の地図に<后王>という大そうな地名をみつけました。高梁川の河口にあり今は海抜5~6mで陸地化していますが船穂町(ふなお)には大舟尾(おおぶなお)という地名もあるからその昔は舟が着岸していたのでしょう。<后王>の読みや意味はわかりませんが余りにも大そうすぎます。そこでこれを稲田姫の母の住所として仮想話~~!を組み立ててみました。
① ここ船穂(尾?)町は、徐福代からの交易があり里木の祭神はこの地の長であった。
② その父と大陸人との交わり(交易の主は大サンショウウオ)からその進んだ知識の影響をうけた。
③ それをみて育ったヒミコ(穂?⇔稲田姫?)は、美しく聡明で“予知予見能力”もある娘へと・。
④ それが先進の出雲にも知れわたり現在の斐伊川界隈にすむ素戔嗚尊へ嫁いだ。
⑤ ・・・、??? ・・・
⑥ ヒミコは太陽が主神で彗星従神説をとなえ彗星(荒神)退散祈祷(ニアミス)を行った。
冬至(1700年前)の鼻突峠からの日の出(荒神)入光を、出雲市猪ノ目峠茶屋跡上(徒歩で7分)斜面に奥行十丈!?の未発見の洞窟内へ封印している!(後に、木柱環柱列ウッドサークルや東屋やお神輿へ)
⑦ 出雲・岩倉・荒神谷で大量の銅鐸銅剣を封印し!!銅鐸荒神文化から銅鏡太陽神文化へと、
⑧ 銅鐸銅剣を封印行脚→総社市岩屋→姫路→神戸・いわや→滋賀野洲町・大岩山→帰路へ

この「封印行脚」を思いついたのは、吉備の地の銅鐸銅剣は未掘ですが大量の銅鐸出土地には<岩>の字があることと<姫路>付名の特異性からで、道中にはかなりの付き人があったと思われます。後の姫街道(浜松)や花嫁行列へと・・、

⑨ →長旅の疲れで箸墓で死去埋葬 → → 分骨は出雲で(後に円墳!?)が築かれた。

 このように考えると魏から得た金印は出雲(その円墳内!?)にあるかも!?
当時の列島には、紙はいたって無くて、その慣習もなく印鑑は無用の長物であり持ち歩くものではない。・であるならば、卑弥呼はその印鑑は出雲に置いて出立している!!

その昔、出雲半島には銅鋼石ゴロゴロ、斐伊川には砂鉄があったが、水稲を作る広い平野がなかった。大陸や半島から推力の弱い当時では流れの速い津島海流にながされ出雲に着岸するのがやっとであった。そして大陸へ戻るには沿岸沿いに西進し唐津あたりから半島や大陸へ渡っていった航路の形成が考えられる。このことから大船団の食料米を得るために広大な北九州(吉野ヶ里)へと文化の中心地が移っていったのではないでしょうか。
( 管理人さまは邪馬台国・吉野ヶ里説でしたよね^^。)

10. 壱与・台与は、ヒミコの呼称を継いだ北九州への二・三代目ではないでしょうか~~?

この歴史の根には二千二百年以上まえに神仙列島を探訪した徐福団が関わっている。そしてその根源には四千年ほど前(岩淵先生は汚れた水玉彗星衝突説)東北巨大隕石がもたらした大事変があり。巨大地震と北上高地越えの泥流と大陸にまでとどいた巨大津波は外せない。そして、その直後の1・2年におきたであろう(半球平均気温10℃以上降下と推定)隕石の冬。さらに、当時の真北(北極星)と磁北(風水)は先様方のご専門^^。72年に1度角、時計方向に日の出位地がずれるんでしたっけ~~!。緯度によっても異なるのかな?


[598] ”親魏倭王”卑弥呼の金印はいずこ??
投稿者: 史実探偵: 平 素人 投稿日:2022年 1月17日(月)01時39分3秒
This is Anzu.You must dig here. bow wow^^ 「ここ掘れワンワン^^♪」
 青面金剛さまへのお返事です。
数々の情報ありがとう御座います。それを消化しきれないことを残念に思います。

わたしは『一事は万事へ繋がり、万事は一事よりなる』一事を追求すれば万事がみえてくる。
又『自然界には、偶然とか奇跡の確立(%)不条理が用意されている』my絶版報告書より、
とも思っています。子ども心の<何故>を四つも重ねると<神>という領域に突き当たってしまいます。皆さんのいう神ってなに?? それぞれのいう神様が異なることが問題なのだ。列島住民は「徐福たち、西方(浄土)から薬石探求にきた渡来人達のなかの方士を、道祖神とか、お薬師さまとか、はたまた(武人)を金剛さまだと呼んでいる」と私がいえば、それと受け入れられないお人は必ずいますよね~~!。

卑弥呼以前の列島には、税を徴収して統理「国」という考えはなく、むしろ祈祷寄進でなる「郡」と呼ぶほうがあたっているのではと思っています。そして、国引き神話の「現世は(税制は)大和にやるが、あの世は(寄進制度は)出雲がとる」との政教分離で落ち着いたのではとも思います!?。さらに、卑弥呼の呼称にしても邪馬台国にしても劣字(正しくが思い出せない~~)で記されていて、「国」とか「王」とかは大陸人がかってに付けたのではないでしょうか。

“親魏倭王”の金印は、紙の行きわたっていない列島では、無用の長物と申し上げました。かといって、卑弥呼なきあとも粗末には出来ない。仮説・卑弥呼は箸墓で亡くなり遺体は腐敗するので出雲には持ち帰れない。仮説では分骨としましたが、晩年のヒミコは、「鬼道に能へ」おかっぱ頭(耳削ぎ→禊)で、前歯(抜歯の風習)がなく、入れ墨(歌舞伎クマドリ)がしてあったと別紙で推んでいたことから「斬髪」があたっているように思います。お相撲さんの髷きりは今にのこっています。

 これ等のことから、以前に、出雲の斐伊川支流の赤川あたりだったかな? 卑弥呼が魏から得た100枚の鏡のうちの一枚ではとの説があるお宮の所在地あたりを地図で調べたことがありまたが、今は検索力も衰えてその自分の記事や地図さえ捜しだせない^^!。金印は3cm前後??と小さく、斬髪は小量だ。円墳内と考えたのは誤りだったかもしれない。岡山の県北の神社の裏手と本堂の間にさほど大きくない石?岩?の下に何やらが埋められていて『これを掘ると罰(バチ)があたる』との話を聞いたことがあるから、その後先は分かりませんが出雲でもその神社に “そのような形態” があると、その可能性があるかもね。その形態は勾玉と銅戈が出土した出雲の命主社でもありました。
  「ここ掘れワンワン^^♪」わたしは「ワンコ」バチはあたりたくありません^^!。






つづきます ^^!
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('21/11/21)~2拍目のどなた様。拍手をありがとう御座いました。あやうく見逃すところでした^^!。
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