卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」
此処に出雲と同様、“大量の銅剣”が埋めてある! 全国歴史ファンの方々、三上山に集合せよ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
釣りじいさん北田昌利氏を悼む ・そのⅠ
  朋友<釣りじいさん>を悼む・そのⅠ
何っ?」 じいさま>を悼むだとぉ! と反問する己がいる。 今、涙を流してはならないとブレーキをかける自分がいる。「何故、このようなことに? どうして、このようなことに?」との思いが強いからだ。  
             【'10年4月29・30日に追記をしました】


     四月1日(木)夕から、四月7日(水)朝までの(彼の)空白の時間を知りたい!

 その間、彼が何を思い、どのように行動していたのか? <その時間を共有したい>と思うのだが、なにかしら「ポッカリ」と胸に穴があいたようで、心と身体は乖離(かいり)して動いている。同じような想いをしているお方がいるのであろうか。彼がリンクを張っている方達からの訪問を受けたり、したりしている。 少しでも、じいさま>のことを知りたい。 少しでも、じいさま>に近づきたい。 『 何があったのか?』その時間が共有できるまでは決して涙を流してはならない。

 以下、支離滅裂になるとは思いますが、素人の想いを記録にとどめておきたい。
  (尚、以下は彼のブログから得た情報の “覚え” であり間違いを含みます)


<私は、釣りじいさんのことを知らない>(4/13記)
私は、釣りじいさんのことを知らない。ブログでしか知らない。そのじいさま>を知ったのは○年○月前。当時の私は、スパムさながらで「卑弥呼・・」の広報活動をしていた。1日に3・4人。多くても7人程の訪問しか受けないmyブログに対して、彼は、日々200人に近い訪問を受けていた。彼のブログは特にめずらしいものではない。 その特異性は、その<人柄>と<コメント欄>にある。 色々なジャンルの人をも受け入れる包容力。 「ぼやき」とは云っているが決して 「グチ」ではない。ども”で始まり、にゃは”で終わる軽妙なタッチ。 20年来の孤独感を味わっていた自分には、『この人は、この素人を真摯に見ていてくれる。見定めていてくれる!』 何故このように多くの訪問者があるのか? そのことを忘れ、どんどんその魅力に惹かれていった。マウスを握れば、必ずその<コメント欄>を見る。じいさま>のことを少しでも多く知りたい・・・。

<そのじいさま>と一度だけコンタクトを取ったことがあった>(4/15記)
myブログへ、意味不明の英字コメントの嵐が吹き荒れた。多い時には60。日夜を問わず終日入ってくる。最初は人差し指でスペルを拾いながらも解ろうとしていた。もとより分かる筈がない。(笑)困り果てて、じいさま>に相談のコメントを入れた。他の人とのやりとりで、彼が英語も教えていると知ったからである。

  それ等のやりとり、ここへ入れられたら後で調べて入れます。^^!

管理人のみの交信ではあったが、以外や以外!「わしでよかったら」と、グローバルの住所と携帯の番号まで教えてくれた。わたしは携帯電話は持っていないので妻の携帯からお礼共々連絡をとろうとしたが不通。今度は彼からかかってきた。妻いわく。2度の入信を「不明番号だから切った」 「あちゃ~、じいさまからだぁ^^゛」 早速の電話。その風体からしゃがれ声かと思っていたが^^? そのお声は意外に高いトーンで若々しい声であった。 初めてとは思えずのやりとり♪。そばで小3の孫が 「ブログでは名前(本名)をいうものではないよ」 だって^^! その彼の「奥様によろしく」とのことばが最後になった・・・、

<何故、そこまで英字コメントにこだわるのか?>(4/16記)
myブログの主目的は「広報」にあり、世界にうって出るように英文の記事も掲載しています^^。もし、それが外国の人の目にふれてコメントをくれたのなら、決して逃してはならない。との淡い期待感を持っているからです。もとよりの稚拙・駄文で専門家には<20年来>伝わっていない(笑)。ストレスは溜まる一方。 そこで知り合ったのが<釣りじいさんのぼやき>。 軽妙なタッチと決してひとを反らさないお人柄。母上への思い等で重なるところもあり、ブログジャンルはまったく異なるが、彼とのやりとりでブログ活動の楽しさを知った。ジャンルの異なる人との交信の方が楽しいと^^!。

彼との交信が途絶えた!
<彼のPC活動>(4/18記)
じいさま>は、原爆ドームからさほど遠くない所で、彼を含めて4人の先生方で30数年来、学習塾の経営をしていた。自宅はそこから、○○山を挟んだ北側にあり○km(5~10km?)離れている。自宅へはパソコンは置いていない。92才で共に亡くなられた母上との二人暮らし。彼は今年の5月21日で67才の誕生日を迎えるはずだった。 ・・・、したがって、PCが出来るのは日曜・祭日をのぞく学習塾へ出勤した日のみとなる。 想うお人はあったようですが結婚歴はあったのかな? 親戚縁者は関東にお住まいの従姉妹のみ。この従姉妹さんが叔母さんの見舞いがてら毎年の夏前(?)だったかな押しかけてきて?母上と団らん三昧♪。彼はというと、ほんとは嬉しいくせに、それを評して『やれやれ』だって^^。

  それ等のやりとり、ここへ入れられたら後で調べて入れます。^^!
[涙がでるほど。] 2008 09 08 より引用
この土日、今年の夏の最後の来訪者。
従姉妹たちが大挙しておふくろのお見舞いにやってきてくれた。
その数6名、狭い我が家は8人の人間であふれた。
さすが女性軍団、駅前のスーパーで食料を買い込み、
家に来るや否や挨拶もそこそこに料理を作り始める。

おふくろやわしに迷惑をかけまいと、細かいところまで気を使ってくれる。
3年前におふくろが倒れてから、毎年夏になると「元気なおふくろを見に」
遠く東京や千葉や山梨からやってきてくれる。

涙がでるほどありがたいことである。
それぞれに年をとった親を抱えているのに・・・。
父親が戦死し、兄弟もおらず、寝たきりのおふくろを抱えるわしにとっては、
毎年のように来てくれる従姉妹たちには心底頭が下がる。
久しぶりの賑わいにおふくろに笑みがこぼれる。


<じいさま>の日課を探る>(4/19記)
その前に、何故わたしが釣りじいさんのことをじいさま>と呼ぶようになったかの経緯を・・、
以前、島根半島・出雲竜を縛り付けている「銅かを捜せ!」という記事を掲げた時、遊び心を交えて八つ目の「宇海・うみ」へ操り出すための「クルー」を募ったことがあった。(カテゴリー出雲地方参照)その時の愛称が<じいさま>。 その時以来、じいきま>と呼ぶようになった。他には総裁>と呼ばれたり、じいちゃん>と呼ばれていましたねえ^^。

 じいさまの起床は早い。am4~5時かな?(想像も含めて記事をすすめますので正確には、後で調べて修正します^^!)父上を早くに亡くなされ母一人子一人の暮らしである。 母上は3年程前から身体が不自由となられ、寝たきりであった。

それ等のやりとり、ここへ入れられたら後で調べて入れます。^^!
[ブログ開設満4年-おふくろの愛した花々-] 2009 04 15より引用、
おふくろは91歳。
寝たきりになって3年になるが、元気な頃は庭いじりを趣味としていた。
買ってきた鉢植えは所狭しと庭におろし、頂いた鉢植えも全て庭におろしていた。
そんなわけで我が家の庭は雑草と鉢植えでおろした花々で満ちていた。
そうそう、今日はブログ開設満4年。
ほしいかさんに勧められて何となく始めて・・・4年!!
長いようでもあり、短いようでもあり、今では生き甲斐になっている。ブログを通じて多くの知己を得、また、その後消息不明になった方もいる。お相手が数日間更新がないと心配になる・・・だから、わしもネタの少ない中でなんとか週1回は更新したいと思っている。こんなじじいの戯言と、しょもない写真の記録であるがご容赦願いたい。


そのような状態であるから、炊事掃除洗濯のすべてを彼一人でこなした上に、母上の面倒(食事や下の始末も?)を看ての出勤となる。じいさま>は、免許を持っていないから自動車に乗らない。免許を取らなかった、(忙しくて?)取れなかった? 彼のような立場で責任感の強い人にはよくあることで、免許取得のための約1ヶ月の時間をつくり出せなかったのである。従って往復○○kmは、バスか自転車での通勤となる。授業は何時から始まるのかは知らないが、PCへ向かうのは、お昼休みの12時から1時が多かった。記事のアップ数が500を越えたころであろうか、自らのことを「PC中毒^^」と称していた。次にPCに面するのは16時ころだったかな? コメントの返事は遅いときで20時ころのものがあったと記憶?している。授業の終了は何時かは知らないが帰宅はpm10時を過ぎる。それから母上の面倒を看て就寝は0時を過ぎる。2時頃になることもあったようだ。・・・、

<今から半年程前だったかな? 記事のアップが月1のペースにダウンした> (4/20記)
自営の学習塾の先生で、寝たきりの母上の面倒を看て、週1の記事のアップとコメントへの返事。彼は、我が訪問者数を増やすために“足跡”だけを残すタイプではない。リンクを張り相手方の記事を読む。それに加えて、2週に一度、『神様お願いです、せめて週末は雨を降らせないように(笑)』と云ってブログの主題でもある鱚釣りを楽しみにしていた。かように寝る間もないような生活が長くつづくわけがない。記事のアップと他への訪問を減らす。自ずと訪問者数は減ってくる。 彼は 『それはそれで意味があること』 だと云っていた。 最終的な来訪者は30人~40人だったかな^^! (最多は彼の没後4月10日の1944人でした。)

<じいさま>の釣り仲間>(4/21記)
じいさまの釣り仲間は団塊の世代の数人。なかにお一人若い方がいたかな? じいさま>は免許を持っていないからこの方達との便乗となる。釣り場へは瀬戸内にしろ日本海側にしろ片道2時間(往復か?)はかかると云っておられた。彼の思いとする魚は「鱚釣り1本」。キスはサヨリやシシャモに似ている^^?が、美しい虹色の肌をもつ。狙いは<肘たたき>! 肘たたきというのは釣り用語で釣り上げたキスを持った時、肘のところへ達するような大型のもので1尺30cmに近いものをいう(調べました^^)。これは通常の群れのなかに越冬して大きくなったものが混じっているとか? 一般的にいって「雑魚は直ぐ食いつく」との言葉があるように幼魚はよく食いつくが大きくなると用心深くなってなかなか釣れない。その肘たたき>を釣り上げるのがじいさま>の願い。わたしの方は、大量の銅剣か、銅か(矛に似た戦闘具)を“予測して”掘り上げるのが願い。どちらが先になるか、それまで共に長生きしましょうねと言ったのに・・・、・・・・
    釣りじいさんのぼやき、「キス」とひと言で言うけれど。 2005 11/11 より、
『・・・(キスは)普通3~5年で捕獲されてしまうので20~25cmの体長であるが、8~10年生きる物もあり体長は30cmをゆうに超える。いわゆる「尺ギス」である。わしが狙っているのは実は「青ギス」、昔は日本海でかなり獲れたそうだが、最近では韓国の釜山やチェジュ島でしか見つかっていないようだ。死ぬまでに是非拝んでみたい。』
 そういえば、じいさま>は負けず嫌いだったなあ、お仲間が大型や漁獲が多いとくやしがる・

<母上の様態が段々にわるくなる>(4/22記)
母上様は、キスが好物(うなぎも^^)だったようで、キスのてんぷらがお好き。彼は料理のほうも上手だったようですが・・・・、
釣りじいさん【2010/3/15,12:13】(時期尚早の)桜の花の写真を掲載、
入試が終わって一段落、が・・・。
おふくろの体調がこの2週間思わしくない。
ぼけが進み、食欲もない、顔つきもよくない。

ってなわけで、キス釣りにも行けない・・・。
お仲間さんの釣果写真を見て気持ちも騒ぐが・・・。
もうしばらくの親孝行、我慢、我慢。

陽気も大分暖かくなり、チラホラ桜の便りが届き始めた。
あっという間の1年だったな~。
ま、わし自身の体調は悪くはないが、どうも気が抜けた。
さっ、今年も生徒募集に力を入れなければ・・・やれやれ。


<『 が・・・。 どうも気が抜けた。』が気になって、次のコメントを入れました> (4/23記)
いっそのこと♪ 【2010-03-30 07:14】
おはよう御座います♪
昨日は、母が住んでいた実家のリホームで出たガラを片づけに、小3の孫と山の畑に行きました。息子達が住んでくれるのは嬉しいのですが、十年間そのままにしておいた思い出を片づけてゆくのはやるせない気持ちです。ウグイスが鳴きツクシが出てるというのに・・・、じいさま>も、いっそのこと往復4時間をかけて釣りくれば、案外母上さまもぺろりと食べて元気がでるかも知れませんよ^^!。一つでも多くの喜ぶ顔♪を見るために・・・、

Re: ごくろうさま。 【2010-03-30 12:05】
P.C.Homelessさん、ども!(註:P.C.Homelessというのは「卑弥呼・・」の広報活動休止後のわたしの別名です^^!)
ごくろうさまでした。ほんと、わしも後かたづけのことをそろそろ考えています。切ないことです。
往復4時間、2時間遊んでも合計6時間。今の状態では無理、無理、ぶつぶつ。ご心配ありがとうございます。

何故、このようなコメントを入れたかと言うと、私事で恐縮ですが、私くしの祖母が一回目の脳溢血を患ったあと、あれほど自分が食さず『孫に孫に・・』といっていた菓子でしたが、その枕元にはいつも“キンギョのあられ”がありました。死期が近づくと食欲がでるのでしょうか? 20年前、死の一週間程前の父に「何か欲しいものはあるかなぁ」と聞くと聞き取りにくい程の小さな声で、『おひたしが食べたい』といいました。コンビニの始まりの頃の深夜の3軒でしたが“ぬた”しかありませんでした・・・。このような会話はじいさま>と母御の間でも必ず交わされていたはずです。 しかし、自分の思いとは別に、『わしも後かたづけのことをそろそろ考えています』と、わたしの思いとは別の方向へ進んでしまいました・・。何の?『後かたづけ』・・・?? 


<じいさまが何を考えているのかが分からない>
  朋友<釣りじいさん>を悼む・へ つづきます・・・、
月別アーカイブ‘10 5/21)か、カテゴリー<朋友を悼む>の クリックをどうぞ!

拍手(2)を、ありがとう御座いました。(‘10 5/21)
‘11 2/08記) 拍手(1>合計5)をありがとう御座います。出来れば足跡かコメントを^^!
どなた様?>拍手(6拍,7拍目)をありがとう御座います。('14/02/02)
スポンサーサイト
Copyright © 2005 卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。