卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」
此処に出雲と同様、“大量の銅剣”が埋めてある! 全国歴史ファンの方々、三上山に集合せよ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
A huge meteorite in BC.2001 - Ⅲ.
<四千年前の東北地方に巨大隕石が衝突した!>

  (9/08)更新がないにも関わらずの、ご訪問ありがとう御座います。
   次の、図-の巨大隕石・釜石付近図のUPは、9/15に予定しています。
     興味のあるお方は、カテゴリー「巨大隕石」の方をご覧になっていてください
(^-^!)

 電子出版: 極秘 報告書 『巨大隕石と、大津波』 より、引用
img005-b.jpg

<巨大隕石の飛翔と衝突時の発光を見たという地名伝言>

 <地  名>     ( その 推 定 理 由 ) 詳しくは、前々の記事を参照してね^^

北海道・美唄(ビバイ) その時の飛翔轟音(ビリビリバリバリ?)を言っているのかとした。
     忍路(オショロ)   恐ろしいものが通る路(みち)の意か? →囲炉裏か??
北海道・白神岬    飛翔体と空気との擦過光を言っている。
竜 飛 崎        巨大竜=巨大隕石がこの上空を飛んだと言っている。
青森県・白神岳    飛翔体と空気との擦過光を言っている。
奥羽山脈・真昼岳   山脈の西側から見て未明の東の空が衝突光で真昼のように輝いた。
丁岳と丁岳山脈    火の戸の意で、奥羽山脈とのT字形で衝突光を止めたと言っている。
 (ヒノトダケ)
羽後(うご)   丁岳山脈の北側で、その飛翔体=巨大隕石が飛び去った後方を言っている。
羽前(うぜん)  丁岳山脈の南側で、その飛翔体=巨大隕石が来なかったと言っている。
奥羽山脈・白髪山 シロヒゲ山と読み、その時の発光と恐怖で白髪化と立枯れ木化とした。
         (後の白髭山信仰に移行した?)類似伝言に、毛無山、黒森山、等があります。
奥羽山脈・面白山 「面・おも」は、外庭とか顔の意でありその山の方向が発光化した。 
北 上 川    ふつう「川が北へ上る」とは云わないよね? 津波なら北へも登るけど!
下北半島    これも同義語、北方がその津波の下手を表す地名。
            (一般には「西方浄土」の考えだが、この地から「北斗信仰」か??)
岩 手 県 この地帯が爆風や衝突熱と、発生した大地震と巨大津波で植生を奪い岩表化した。
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これ等の伝言から、素人探偵がその衝突時間を 『冬の朝の6時』と、導きだしたことに対して、『 時間までもが、判るはずがない!』と、云われるお方が(現科学も^^?)いたら、もう一度前々の記事を読み返して下さい^^!。その一つ一つの論や記事は、拙くて誤りもあるとは思いますが、すべてのことが絡み合った時、揺るぎない史実として後世に残るであろう。これが貴方に、現科学に伝わるのは、後何年かかるのでしょうか?、ちょっち疲れました。(^-^!)

  『 東北地方 ・ 祖先からの地名伝言 』  (↓ 拙電子出版より転載 )
その昔、(BC.2001年12月25日 未明の朝6時頃)
竜が飛んだと、“龍飛崎” 全天覆った“奥羽”の羽 “大槌・釜石”に降臨した。
“松前”のそちらに飛んだと“白神岬”、白光見たと“白神岳” 、真昼のようだと
“真昼岳”、私も見たよと“面白山”あな恐ろしや恐ろしや木々も白んだ“白髪山”
 「しろひげやま」と読みます。立ち枯れて幹だけが白く残ったんでしょうかぁ?
巨大な津波が生誕した。
“水界峠・250m”のすぐそばに、津波で沈んだ“志津の川”、金の扇か
“金華山”舞い踊ったか“竜舞崎”、巨大津波を“歌津”とは酔狂人がいたもんだ。
“岩の手”を敲いて育った大津波、暴れん坊の大津波“牡鹿半島”を蹴散らかし、
花嫁さがして大津波、“志津川”越えて“津山”を越えて、後押しされて“追波川”
鹿の背越えて“渡の波”へ、巨石渦巻く“石巻”“仙台”越えて“津の田んぼ”
“次郎太郎山”が通せんボッ。  二俣かけたか大津波、津波は川を北上する。
“北上川”を北上する。 “志波姫”様を横目にし、“江刺”恋しや“花巻”恋し、 
妬きもち焼いて“焼石岳”、黒く焼いたる“黒森山”、 それを眺めて“国見山”
どうなるものかと“物見山871m”“遠野”で眺める“物見山917m”
袖を振られた大津波、 “盛岡”の先 “姫神山”へ、  土を盛っての贈り物、
シワぶきひとつ“紫波”の波、行かせてなるかと“区界峠”、節操ないと“八幡平”
想いかなわじ“七時雨山”、ここから先は下り坂、力落として“一戸”へ、
“二戸・三戸”四歩と歩めず。 気を取り直して“五戸・六戸”、 “七戸”の先、
あの“恐山”、 力尽きたる大津波、 ふる里、目指して“八戸・九戸”
津のない十(とお・ツなし)で、お終いじゃあ!

十は、一つ~九つのツが付かないから「ツ無し」と読むんだって!なぜ付かないの?
この謎解きは「報告書」のどこやらで挑みましたが、それが何処だったか思い出せない。
(^-^!)

子供の頃、「何故に、これ等の地名が付いたのか?」と、不思議に思ったことが誰にもあるはずだ。「えっ?」考えたことがなかった^^?  それは残念(笑い)」 上記は、ほんの一例ですが、東北の地をよく知る貴方には、もっと々、たくさんあるはずだ。子供心を思い出し、そして追求しなければ、この巨大隕石を言う、祖先からの伝言は貴方(今の科学)には伝わらない。


  (10/04) ここにも、貴重な拍手が頂けていました^^。ありがとう御座います。
スポンサーサイト
A huge meteorite in BC.2001 - Ⅳ.
<巨大隕石の中心核>

   ご訪問、ありがとう御座います。次の記事<モナドノック・残丘>は、10/1日の予定です。
   記事のすべては、連続・関連モノです。お暇な方は「卑弥呼・・」からどうぞ
(^-^)♪

 電子出版: 極秘 推理報告書 『巨大隕石と、大津波』より、引用 ↓
Huge Meteorite
巨大核の主道(電子出版:極秘推理報告書、136pより)
・・・、 ・・・、
あったぁ!! “釜石復活” そこには“凸部・雄岳”(1313m)と、その東には馬蹄形で凹状の、環状の、“釜石”があった。4色刷りのこの地図は、道路網を見るには都合がいいが、この謎解きのためには不都合で、買ったのは失敗だと思っていた。よくは見ていなかった。 ・・・、現在の(鉱石)採掘場を中心にしたのがいけなかった。
 それを確かめるために5万分の1地形図で、“日向を中心にして”400mと500mの等高線の間を黄色蛍光ペンで塗ってみた。すると、きれいな馬蹄形が浮き上がってきた。
直径が約20km、この大きさなら、日本列島を“震撼”させることが出来る。その眼鏡(円形の凹地を隕石跡とみる)を掛ければ、“気仙沼も、広田も” 同方向の馬蹄形に見えてくる。祖先は、それが八方に散ったといっているのに、八大竜王だといっているのに。
自分でも先の謎解きでは“播きながら”と言っているのに。 わかっていながら、わかっていない。 巨大隕石は、“一つ”だと、どこかで固執している自分が“ある”のに気が付いた。 ・・・、・・・。


<釜石馬蹄形だけでは力不足??>
その後、この「Φ20kmの釜石馬蹄形」単一では、列島2千kmを震わせるには力不足だとして、当ブログのカテゴリー「巨大隕石」→川がないのに扇状地(胆沢扇状地)で、色々に挑んでいます。

 ※東北地方その他の気になる円環地形
   拙記事の何処で書いたかあとで調べて入れます・・・(汗~!)調べました^^。
   my記事・アーカイブ‘08/11月「東北地方の巨大隕石の痕跡を追う!」より、
広田湾に流れ出る気仙川を15kmほどさかのぼると<住田町>という地名のところがある。その町役場の北側≪直径約6km≫の山塊がその「隕石塊」だ!? その時を想像してみよう。仮に、その「隕石ボール」の、直径を1kmφ。 これが陸地にぶち当たる! 当然そこは沈み込み! 爆風が生じる! その爆風と飛翔岩石等で “コスモス地形” が出来た!?。 その花びら地形を南から時計回りで、(犬頭山)大平山691m、 叶倉山729m、 樺山沢、加労山730m、 火の土川、 鷹取山、 母衣下山587m。 そして、この辺りの地形は花びらが少し崩れるが、高森山718m・愛染山1229m・五葉山・黒岩・大森で、一片の花びら。 これ等を 「コスモス連山」 と名付けておくことにします。 “火の土とは”隕石を言っているのでは?

<巨大隕石がつくる地形>
巨大隕石がつくる地形として、別冊電子出版では次のように考えていたが?
 (地  形)円形か    円環状である。
 (周  囲)盛り上がるか放射痕跡がある。あるいは周囲の地殻がヒビ割れることがある。
 (岩  様)熔けているか    熔けている時がある あるいは岩体の片麻岩化がある。
 (岩  質) これは素人探偵には難しいので保留とします^^!。

これに加え、太陽系の遙か彼方からやってきた冷え切った岩塊が、太陽熱で炙(あぶ)られ、潮汐力を受けて分裂したり、はたまた大気圏突入時の衝撃、空気との擦過熱による溶融。衝突による溶融と粉砕。さらに々に、それ等が津波で一瞬のうちに冷やされたとなると、一口に巨大隕石の痕跡といっても素人探偵の貧弱な知識では手に負えない。ご先祖さまは、その衝突熱がいつまでも冷めやらず、宮城県だったかな?<霧立山>の地名を遺していましたよ。♪(^-^)♪

註:片麻岩とは、岩石が圧力と熱を受けて<片岩状の縞模様>を造ることで[衝突元体]では、
  その片麻岩化と溶岩化に加え周囲岩石の片麻岩化と溶岩化も考えられる。
  岩石というのは“熔けて固まったもの”が岩石であり、私たちの観るその試片が最終的に
  “何時、何処で固まったのか?”が問題となる。

     『 地球は隕石の集合体である。』    平 素人  
                拙電子出版「巨大隕石と大津波」より、

<巨大隕石に対する従来の考えが役に立たない!>
地球は隕石の集合体である! この考えについては長文を要するので、(月別アーカイブ'08/11月の<小惑星の衝突と合体について>で少し述べています)別冊の電子出版にゆずりますが、筆者が今まで考えてきた『巨大隕石=固い岩体→衝突地形=円環地形』 の考えが役に立たない(現科学もか^^?)。四千年前の東北地方へ衝突した巨大隕石は、すい星軌道をとったことにより太陽熱で炙られ、さらに地球を半周したことによって大気との擦過熱で相当、軟化していたのではないだろうか? このことを確かめ言及するには、素人では“荷”が重いので、ここで筆を止めておきましょう、・・・(^-^!)

つぎの記事は、宮沢賢治がよく好んで用いたという東北地方のモナドノック(残丘)についてを予定しています。
しばらくお待ちください・・・
^^!
 
(9/28)おやおや、久方ぶりの拍手(2)が頂けました。どなた様ありがとう御座います。^^♪
Copyright © 2005 卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。