卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」
此処に出雲と同様、“大量の銅剣”が埋めてある! 全国歴史ファンの方々、三上山に集合せよ。
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A huge meteorite in BC. 2001 - Ⅱ.
<Message from an ancestor of BC.2001>
 英語の苦手な素人が、あえて英字にしているのは、この大事変はただ単に日本だけの問題ではなく、学問にしても考古学だけに止まらず、天文惑星、地質地理、海洋河川、人文宗教、気象変動等、否、すべての人達に参加して欲しいと願ってのことからです。

 邦字版の第図のアップは9月1日(防災記念日)に・・・^^

<→ その巨塊は>
日本の<竜飛崎>上空を通過し、大地をたたき打つ<大槌>となり、<牡鹿半島>の角のごとく飛び散り<竜舞崎>のように舞ったと、ご先祖さまは、地名として証言しているのですが? もし、『実証至上主義』のあなた様(現科学)がいたら、素人の拙い論では説明がつかない・??? (^-^!) 

 電子出版: 極秘 報告書 『巨大隕石と、大津波』 より、引用 ↓
 Huge Meteorite

< 巨大津波が残した痕跡!>
 ↓ 以下、参考記事等をどこに記述したかの覚えがないので、その数字も含めて変更・編集する場合があります。(汗~!)

この時の(予想)最大波高 約1000m この津波は約一日をかけてチリーのナスカに達した。
                  英字(邦字)のナスカの記事へ
この津波は、三陸の海岸の土石を削ぎとり、リアス式海岸(図のA部)にしてしまった!
                  参考記事: カテゴリー「巨大津波の痕跡」
                      &: 拙電子出版「巨大隕石と大津波」 
北上高地越えの津波は、(五・六百m?)の  姥石峠?を越えている。
                  参考記事:
モナドノックでの高さは、○○mであり、濁泥流で角を削られた残石や、残丘として残っている。
    胆沢扇状地は、その削られた土石が北上高地越えの津波によって運ばれたものだ!
                  参考記事: カテゴリー「巨大津波の痕跡」胆沢扇状地
祖先からの地名では、250mの<水界峠>がドップリ浸かったと地名で伝えている。
                  参考記事: 拙電子出版の「祖先からの伝言」より
田野畑村(岩手県)では  津波際と思われる等高線175mに列石遺構を遺している。
                  参考記事: カテゴリー「巨大津波の痕跡」

※まだ、記事にはしていませんが(^-^!)
仏ヶ浦(下北半島)   断崖の湾曲部(高さ○○m)は、その時の削り痕だと断言できる!
             陸奥湾の水量と土石が、一時的に狭い平舘海峡を通り抜けたため。
この時の津波は、「北上山脈」であるべき山の頂部を削り取り「北上高地」にしてしまった。
      早池峰山の動植物相と裾野の残丘は要注意!(これ専門家の方、三重○ネ^^)

邦字版の第図のアップを準備中です・・・^^!
 (8/19) どなた様、1拍手をありがとう御座います♪
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おおっ!
shigechanizumo | URL | 2011-08-16-Tue 10:16 [EDIT]
すごい迫力ですね。期待しています。
残暑、お見舞い申し上げます。
 平 素人 | URL | 2011-08-16-Tue 23:39 [EDIT]
Dr.> コメントありがとう御座います♪ ご無沙汰をお許しください。
連日暑い日が続いています。日曜祭日を除いて書き続けることができる師>の智量は驚異! 当方は“ネタ切れ”のため、前々の記事からの掘り起こしです。子供心と遊び心なら自信はあるのですが、文章のほうはPCの力を借りての四苦八苦! 少しでも良いからDr.の学識とエネルギーを分けて欲しいと願うところです^^。Dr.とのやりとりを楽しんでくれた、じいさま>の死から未だに立ち直れませんが、これを励みにがんばります・・・

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