卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」
此処に出雲と同様、“大量の銅剣”が埋めてある! 全国歴史ファンの方々、三上山に集合せよ。
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A huge meteorite in BC.2001 - Ⅳ.
<巨大隕石の中心核>

   ご訪問、ありがとう御座います。次の記事<モナドノック・残丘>は、10/1日の予定です。
   記事のすべては、連続・関連モノです。お暇な方は「卑弥呼・・」からどうぞ
(^-^)♪

 電子出版: 極秘 推理報告書 『巨大隕石と、大津波』より、引用 ↓
Huge Meteorite
巨大核の主道(電子出版:極秘推理報告書、136pより)
・・・、 ・・・、
あったぁ!! “釜石復活” そこには“凸部・雄岳”(1313m)と、その東には馬蹄形で凹状の、環状の、“釜石”があった。4色刷りのこの地図は、道路網を見るには都合がいいが、この謎解きのためには不都合で、買ったのは失敗だと思っていた。よくは見ていなかった。 ・・・、現在の(鉱石)採掘場を中心にしたのがいけなかった。
 それを確かめるために5万分の1地形図で、“日向を中心にして”400mと500mの等高線の間を黄色蛍光ペンで塗ってみた。すると、きれいな馬蹄形が浮き上がってきた。
直径が約20km、この大きさなら、日本列島を“震撼”させることが出来る。その眼鏡(円形の凹地を隕石跡とみる)を掛ければ、“気仙沼も、広田も” 同方向の馬蹄形に見えてくる。祖先は、それが八方に散ったといっているのに、八大竜王だといっているのに。
自分でも先の謎解きでは“播きながら”と言っているのに。 わかっていながら、わかっていない。 巨大隕石は、“一つ”だと、どこかで固執している自分が“ある”のに気が付いた。 ・・・、・・・。


<釜石馬蹄形だけでは力不足??>
その後、この「Φ20kmの釜石馬蹄形」単一では、列島2千kmを震わせるには力不足だとして、当ブログのカテゴリー「巨大隕石」→川がないのに扇状地(胆沢扇状地)で、色々に挑んでいます。

 ※東北地方その他の気になる円環地形
   拙記事の何処で書いたかあとで調べて入れます・・・(汗~!)調べました^^。
   my記事・アーカイブ‘08/11月「東北地方の巨大隕石の痕跡を追う!」より、
広田湾に流れ出る気仙川を15kmほどさかのぼると<住田町>という地名のところがある。その町役場の北側≪直径約6km≫の山塊がその「隕石塊」だ!? その時を想像してみよう。仮に、その「隕石ボール」の、直径を1kmφ。 これが陸地にぶち当たる! 当然そこは沈み込み! 爆風が生じる! その爆風と飛翔岩石等で “コスモス地形” が出来た!?。 その花びら地形を南から時計回りで、(犬頭山)大平山691m、 叶倉山729m、 樺山沢、加労山730m、 火の土川、 鷹取山、 母衣下山587m。 そして、この辺りの地形は花びらが少し崩れるが、高森山718m・愛染山1229m・五葉山・黒岩・大森で、一片の花びら。 これ等を 「コスモス連山」 と名付けておくことにします。 “火の土とは”隕石を言っているのでは?

<巨大隕石がつくる地形>
巨大隕石がつくる地形として、別冊電子出版では次のように考えていたが?
 (地  形)円形か    円環状である。
 (周  囲)盛り上がるか放射痕跡がある。あるいは周囲の地殻がヒビ割れることがある。
 (岩  様)熔けているか    熔けている時がある あるいは岩体の片麻岩化がある。
 (岩  質) これは素人探偵には難しいので保留とします^^!。

これに加え、太陽系の遙か彼方からやってきた冷え切った岩塊が、太陽熱で炙(あぶ)られ、潮汐力を受けて分裂したり、はたまた大気圏突入時の衝撃、空気との擦過熱による溶融。衝突による溶融と粉砕。さらに々に、それ等が津波で一瞬のうちに冷やされたとなると、一口に巨大隕石の痕跡といっても素人探偵の貧弱な知識では手に負えない。ご先祖さまは、その衝突熱がいつまでも冷めやらず、宮城県だったかな?<霧立山>の地名を遺していましたよ。♪(^-^)♪

註:片麻岩とは、岩石が圧力と熱を受けて<片岩状の縞模様>を造ることで[衝突元体]では、
  その片麻岩化と溶岩化に加え周囲岩石の片麻岩化と溶岩化も考えられる。
  岩石というのは“熔けて固まったもの”が岩石であり、私たちの観るその試片が最終的に
  “何時、何処で固まったのか?”が問題となる。

     『 地球は隕石の集合体である。』    平 素人  
                拙電子出版「巨大隕石と大津波」より、

<巨大隕石に対する従来の考えが役に立たない!>
地球は隕石の集合体である! この考えについては長文を要するので、(月別アーカイブ'08/11月の<小惑星の衝突と合体について>で少し述べています)別冊の電子出版にゆずりますが、筆者が今まで考えてきた『巨大隕石=固い岩体→衝突地形=円環地形』 の考えが役に立たない(現科学もか^^?)。四千年前の東北地方へ衝突した巨大隕石は、すい星軌道をとったことにより太陽熱で炙られ、さらに地球を半周したことによって大気との擦過熱で相当、軟化していたのではないだろうか? このことを確かめ言及するには、素人では“荷”が重いので、ここで筆を止めておきましょう、・・・(^-^!)

つぎの記事は、宮沢賢治がよく好んで用いたという東北地方のモナドノック(残丘)についてを予定しています。
しばらくお待ちください・・・
^^!
 
(9/28)おやおや、久方ぶりの拍手(2)が頂けました。どなた様ありがとう御座います。^^♪
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