卑弥呼が埋めた「大量の銅剣と銅鐸」
此処に出雲と同様、“大量の銅剣”が埋めてある! 全国歴史ファンの方々、三上山に集合せよ。
<出雲竜を縛り付けている銅戈&勾玉を捜せのⅢ- 掘り上げろ!>
<出雲竜を縛り付けている銅戈&勾玉を捜せのⅢ- 掘り上げろ!>
                                      (2017/6/25∼ )
  皆様へ>  この記事本文へコメントの掲載を求めています。(削除も出来ます。)
  色々に思われること論議しませんか、差し障りがあれば非公開もありです^^。
  (まことに厚かましいですが、後に本になるやも知れませんので無償で掲載できますようお願い致します)
       (7/22) に追記しました。       
     青面金剛さま>より、大変貴重なコメントを頂きました。

「鷺峠は近づくべきではない」
青面金剛
| URL | 2017-06-17-Sat 15:43 [EDIT]
 平 素人 様、古代史掲示板から来ました。鷺峠は出雲の大神が幽閉されたところ故、地元のタクシーの運転手も、通ることを避ける場所です。幽閉した犯罪者側が、王権の象徴である勾玉や銅矛などを埋める訳も有りません。発掘など、地元の方々の感情を逆なでする結果に成ります。
 また、古い銅山の辺りは、地下の坑道が複雑に入り組んでいて、長い年月の風雨により、坑道の上の土が薄く成っている恐れも有り、それを知らずに歩き廻ると、平さん自身が坑道に落ち込み、閉じ込められる危険性を知るべきです。
出雲の歴史については、大元出版の本をお勧めします。
最初の一冊には、『出雲と蘇我王国』が好いでしょう。
http://www.d1.dion.ne.jp/~kunado/index.htm


鷺峠は近づくべきではない」 のですね。 平 素人 | URL | 2017-06-23-Fri 23:31 [EDIT]
青面金剛様>コメントありがとう御座います^^♪  PCの不調でお返事が遅れました。
<鷺峠は近づくべきではない>のですね。大変貴重な情報を頂きました(深礼)。
前のコメントから〇カ月ぶりのコメントです^^!。「卑弥呼からの伝言」についての送信は20年前からで、「出雲竜を〆縛り付けている銅戈と勾玉」ついては、10年前からですが、歴史全くの素人が「ここにそのお宝が埋められている」と提言しても、私が尊敬するDr.いずも氏を除いて全く無視され反論さえ頂けない年月を重ねて来ました。身元を明かさず、「そのお宝を掘り上げれば一攫千金」というと「そんな詐欺師がいます。お金の話はしない方がいい。」と迄云われました。(笑い) 準備してます「追加情報」に、貴兄>のコメントを挿入させて頂きたいと思います。差し障りがあれば何時でも仰って下されば削除します。今後ともご鞭撻を^^!

  < 追 伸 >
 「タクシー運転手も、通ることを避ける(ほど恐ろしい)場所」 なのですね。
   そんな地元の人しか知りえない情報をお待ちしていました^^。
わたしのような素人が、それ等の埋蔵文化財を 「ここぞ!」と、特定しえても、勝手に掘り上げる分にはいきません。現実的には、それから後のほうが大変で、まずは地主の許可を得なければなりません。肩書や実績のない見ず知らずの他所者が、その仔細を説明しても、これまでの史学にないことを述べる分けですから、不審者扱いを受けるのは必定。例え一度は耳を傾けてくれても、二度目は「忙しい」と体よく断られる。ならば、「専門家に」と思えば史学から外れている事ゆえ門前払い。さらには、行政に報道にと「その報告書」を送りましたが無視される。 ・・で20年経ちました。

次には、「埋蔵文化財保護法」をクリヤーしなければならない。
知らず偶然ならともかく、それと承知しているわけですから、所管の行政、例えば県知事へ、その発掘申請と許可を取らねばなりません。その道すじがある専門家の申請ならともかく、まるで少年・こどものような稚拙な論説文等、提出するだけ無駄な気がします。
合わせて、その場所がすでに埋蔵文化財の認知場所かその周辺であれば、県の教育委員会の許可を取らねばなりません。では 「知りませんでしたと勝手に発掘する」 これって許されるかしら?

(以下は素人知識ですから間違いがあるかも知れません。) ドウゾノご訂正を^^!
こういう場所はえてして寺社領か公共の所有が多いと思いますが、そこが私有地なら、かなり強引にやれる。しかし、地主の許可が必要なのは言うまでもありません。所有者がNOといった場合は、それまでか?。この場合、地主は「私有地につき立ち入り禁止」の表示をしなければならない。 奥の手はあるもので(笑)、例え地主がNOといった場合でも、その公益性が認められれば現状に修復を条件に(立ち木等、出来ない場合はお金に換算^^?)強権をもって調査発掘が出来るようだ。その場合は、地主に文書でその旨の詳細を書留で通知しなければならない。 さらに、そこが土砂流出防止林の場合は、草木一本、土砂の一握りも乱取してはならないと定められている。但し、昔からの地元住民の山野草や、キノコ採りかタキギ取りの入会権は認められているようです。

この調査発掘の費用は並みの金額ではない。
 ウエブ等でご存知のように、その発掘は細微をきわめる。それは個人の出せる金額ではない。出雲での大量の銅剣の時には、何一つも見逃すまいぞ」と、焼き鳥の竹串や、カメラレンズ掃除のパフパフでやったそうですからその費用は推してしかるべしです。ゆえに、その発掘の多くが偶然性か、もしくは毎年の決められた予算内での公共工事前の調査での発見がうなづけます。ちなみに、20年前その道の事業所での見積もりは600万円でした。「史学にない素人の論説に、お金をかけるなど 、もってのほか!」わたし素人探偵は、これを逆手にとり、私有地ならば探知機とスコップもって私設観光起業化が出来ないかと^^? それが出土すれば、『卑弥呼絡みが確定し、予見した!』 とのプレミアムが付きますから^-^♪。但し、この場合その年代のすり合わせをしなければなりません。

そして最後の難関は(出雲の人の)信仰心の厚さです。
  『 学術より信仰!』 簡単に掘らしてくれないと思いますよ。わたしが指さす「その咽首」は、出雲大社の社寺領の可能性が大です。もし、そうであれば、由緒ある千家家のお許しを請わねばなりません。神への畏れとか、祟りとかの信仰心がうすれてきたのは、新幹線の開通や、高速道路の施設のころからと認識しています。今では、「祟り」については、まったく死語化しています?
  『その〆縄を解いて、ワシ島根竜を起こすと、史学が変わるぞ! 覚悟してかかれぃ』

ハンドルネイム・青面金剛さま>
 青面金剛は、はじめて聞くことばですので、少し調べてみました。三眼、三角目の夜叉とか、何やらを踏みつけている」との語句が出ました。そういえば、そんな仏画を見たような記憶があります。三眼の発想は異様です。その三眼目の頂点に位置するのが鷺峠の「咽首」かと思います。夜を徹しての大祈祷などの言葉も出てきました。わたしは、銅戈と勾玉が墳墓でない命主社から出土していることに注目しています。その後の亜流はあるかと思いますが、他所に銅戈1と勾玉1のセットで出土した例があるのでしょうか。素人探偵の予見したように鷺峠と伊奈西波岐神社からの出土に至れば、卑弥呼が絡んだことが確定します。なぜなら、長さ60km幅5kmの島根半島を竜に見立てる発想は、四千年前の大地震で破砕半島にした歴史の覚醒(Dr.いずも氏 言)と、銅鏡100個を受けて銅鐸文化から銅鏡文化へと変えた卑弥呼以外には考えられないからです。竜は中国からの伝来が定説ですが、私は、そうは思いません。四千年前、大陸にまで届いた巨大地震と巨大津波の探検と不老長寿の薬石を求めた徐福等が、その探検におよんで列島人から聞き集めた“巨大隕石が飛んだ、モンタージュ画の逆輸入”だと、前述記事で謎解きしています。

「信仰心を逆なでする」 竜の逆鱗に触れる!
  前々の記事で 出雲の島根半島西端の日御碕の立っている所は玄武岩柱の噴出があると出雲のDr.氏に教わりました。“宇竜”の地名やら、海底階段の発見やらで、そのDr.と共に、それを「竜の逆鱗、竜の火舌」と名付けたことがありました。そのいきさつは前々の記事で参照して下さい。その地の「探索は陥没の危険をともなう」との御忠告に感謝します。Dr.からも子供のころの探索で大人にひどく叱られたとか。飛蛇(トビョウ)も出るとか。私は、横井さんや小野田少尉を見つけだし『男のロマン』の名言をいった、かつての鈴木青年のような、600万の私費や命を賭してまでの勇気を持ち合わせていません。頭脳寿命も衰え没後のために拙論を歴史に刻んでおくのみです^^!。□

<追加情報> 2017/05/30 ∼
その1. 地方名<杵築・きずき>について、
 杵築の地名が妙にひっかかる。この杵築は、大社を含めて東西南北がある。筆者が“それと見当”をつけている円形地形(35°24′54.79″N,  132°40′53.26″E,)の行政区が鷺浦になるか、杵築にあるのかは分からないが、「杵・きね」とは、餅をつくキネとあるように、ツキ固める意をもつ。それに「築く」がつけば、何かを突き固めて「何か」を造った意になる。つまり、その円形(に見える)場所は、土を突き固めた“版築土塁”ではないのか? 版築土塁とは、塀を築いたり、河川の土手を築く工法である。今、国技館での土俵も土を突き固めて造っている。その中心に「何かを埋めるのか埋めないのか」を知りたいと思う。もし、それが銅戈や、勾玉に関係するものであればここに、その銅戈と勾玉が埋められていることが確定的となる。      

その2.大の字の地形と泉水(仙水?)について、
 その咽首(筆者がつけた仮称)の地図をよく観察すると、西を上にした大の字の地形にある。大の字はガリバーと小人の国や、呪いのワラ人形と前述したように、島根竜の要(かなめ)であり、そこに 「最新兵器の銅戈を五寸釘のごとくに打ち付けた」ことにもなる。さらに国土地理院の地図をよく観察すると大の字の太い字の部分に「川の印」がついている。普通にこのような地形は数限りなくあり、特に川の印を記入する必要もないと思うが? これは、他の神社でよく見かけることであるが竜の口から泉水が湧き出ている施設がある。その泉水には鉱物等を含んでおり薬水にもなると聞く。そして、咽の字の字形にも注意して頂きたい。因の字形の内に大の字があり、その脇に口がある。そういえば、力士が相撲をとる前に、口をススグのは、ここから来ているのではないのか。ここ島根半島はグリーンタフに接しておりそれ等の鉱水が湧き出しているところが、いたるところにあると思われる。もし、これが当たっていれば、その太い字の点部分には遺跡やイワレが残っているはずだ。筆者はそれ等のありやナシやを伺いたい。
 <鷺峠> 咽首(仮称)の‟大文字地形”と、それは“仙水か”? (国土地理院地図に加図)            竜の咽首041
   35°24′54.79″N,  132°40′53.26″E, h345m。 ☜ ここに、銅戈と勾玉を埋めてありか 

その3. 鷺浦の祭りについて
 鷺浦の地区には、竜に模した荒縄で練る祭りがある(ネットで見ました^^)。これはその昔、巨大地震によって暴れまくり(破砕半島と云われる←Dr言)島根半島竜の首っ玉を縛り付けた名残りと見ることができる。もし、そうであれば、大社側から鷺浦までの約5km余に荒縄を実際に沿わしたことになる。この件は「ああそうか」では済まされない。なぜなら、それだけの量の稲わらの収集を考えねばならず、その収集を可能にした水稲栽培域の人口数や、それを提唱する人物や通念までもが浮かび上がってくるからだ。しかし、さすがに、島根半島竜のこの距離を縛り付けておくのは大変だから、今では、出雲大社の大〆縄や、横綱のマワシに“象徴として”略しておこうとなった。(笑い)このように、今私たちが為している神事や行為に、この謎解きのカギは潜んでいる。(中学生諸君に^^!)

その4. 咽首 ( 仮称 ) の円形地を考える
       『ドンの首』 のことばを聞いたことを思い出しました。今後そこをドンの首と呼ぶことにします。
  ドンの首(ブログ用)
  坪背山
この直径30m程の円形地?を(版築土塁=土俵)造りだとすると、その上部は平たく均していなければならない。その上で武神である力士はシコを踏み塩をまく。なぜ塩をまくのか。これを私流に解釈すると、島根半島は、前述のような巨大竜であり、竜は火を吹く火竜であり、大雨をもたらす水神でもある。 『火竜ならば海水の象徴として塩で鎮火しておきたい』 と思うのが無理のない展開^^? 今に開店時に塩を盛るのは。「ヤク神さま、どうぞ暴れないで下さい」 との願いからではないか。それほどの大行事であれば、その歴史はしばらく続いていたと考えられる。それが卑弥呼からだとなると千年以上たっているから、その塩分の多くは雨で流れ去るだろうが、薄く染み入っているかも知れない。正確には土壌分析の調査をしたい ・・と、このように終えるつもりでしたが? 大きな疑問が生じてきた。・・・・・・・、
 340mの丸い等高線より上に5mの盛り上がりがある。そのイメージは土俵ではなく土饅頭に近い。土俵仕様でなければ、上記の考えはまったく役にたたない。今まで営々と積み上げてきた謎解きは、この一事で全てが瓦解してしまう。思いだせば吉備地方・倉敷市船穂町竜王山で、この土饅頭形の頂上があり、その地形に不思議な感覚を味わったことがある。そういえば、船穂町竜王山では、小さな祠に青い花シキビがたむけてあった。さらに、倉敷市・鬼山、足高神社には小さな土俵(月別アーカイブ2016/3月)が設えてあった。出雲の「ドンの首」でも、それ等と歴史的つながりがあるのか?
     ・・・・ご先祖さま> どうか、この関係のありやなしやを教えて下さい。

「神官は、頭上のすすを お祓いし」、って川柳がありました。
こども心には、そのすす払いが四千年前、出雲にまで届いた巨大な津波の白波の形に見えてなりません。
皆さんも御一緒に、出雲大社にお参りし、頭をたれて『現史学』という、そのススをお祓いして貰いませんか^^? ゴメン言葉がすぎました^^!。 ( 拙「出雲弓ヶ浜の成因」より、)

その5. 「 ドンの首」の饅頭形が気になる、 … どうも気になる。・・・
・・・長考・・・、 そうだ!土饅頭との考えが間違いではないのか。実際にその地を探索してないので何とも言えないが、これは鏡餅形を表してしているのではないか。以下、鏡餅形として考えを進めてみよう。鏡餅=銅鏡と考えることが出来る。この大祈祷は、卑弥呼が関わったとして、銅鐸文化から銅鏡文化への変換期でもあるから、その線でもいける。埋蔵物は「銅戈と勾玉だけ」と固執したことがいけなかった。それに銅鏡をプラスすればいいわけだ。卑弥呼は、彗星のニアミス時その退散祈祷により、それまで永々と続けてきた“雨乞い水神竜”から、『お天気を司るのは太陽であり竜神様は、そのお使者であるよ』 として太陽主神説を唱えた。(この詳しくは初頭ブログで)のであるから、銅鏡も一緒に埋まっている可能性は大である。鏡が一緒だとすると、その歴史は、鏡開きやらへと、都合の悪い方へ、さらに広がりそうだが、いずれにしても今、出雲大社での催事の詳細を知りたい。

その6. 三方・さんぼう>からの考察
三方は、神に鏡餅等の供物をお供えする用具で、折敷(おしき)と呼ばれるお盆の下に胴(台)がついた形をしており、その胴に三方向の穴があいていることから、三方・三宝(さんぼう/さんぽう)と呼ばれ、台の穴は宝珠の形やハートの形があり、主に桧の白木で作られている。台の形は、四角が一般的であるが丸い筒状のものもあるようだ。
    http://ameblo.jp/izumo-shintotsukawa/entry-11744162888.html
筆者が注目したいのは、三方にあいた穴である。「なぜ四方でなく三方なのか?」 この刳り穴は只の装飾とみる考えもあるようだが、はたして、そうであろうか? 一般的に言えば、仏具がきらびやかな装飾に進化しているのに対して、神具は一切の装飾を廃し、白木や白磁様の簡潔なものとなっている。このような供物台の制作の進化を考えると、皿・盆に足をつけ、高坏・たかつき状になっていく。なのに、台や胴部の内を空洞につくり、しかも、ジョウゴ状の刳り穴まで開けている厄介な造りになっている。素人的には、神に対して一切の汚れを落とし簡潔にしたいのなら輪切りにした木をくっ付けた形にすればいいと思うが? そのようにしていないのは、何かの意味があるのではないか。 
 <何を狙っているかというと> 
青面金剛さまや、Dr.いずも氏>が言われたように「何やらの神を幽閉した」 とあるように“閉じ込めておく為の空洞ではないのか” それが悪しき神か、善なる神かは知らないが、歴史を遡ると、前述の“環状木柱列”で謎解きしたように「冬至の旭光=荒神」を招き入れ幽閉する為に背後だけには穴をあけずに三方とした。その光を包み込む為なら、その穴は木箱に入っている大黒様のように前方だけの穴あけでよいと思うが、それが推めない。どなた様かご教示を!

 筆者の推理が正しければ、その咽首の円形地の“南東の方角にその坑道の入り口をふさいだ大岩”がなければならないし、今、鷺浦でのお祭りで桧の丸太の“幟・のぼり”を立てているように、“円形地の四方に掘っ立て柱の痕跡”がなければならない。そして、その坑道〈穴〉にそれぞれの象徴である勾玉と銅鏡が埋まっているのは言うまでもない。
蛇足ながら 『その穴の中で、銅鏡である大黒天様が、四千年前の冬至の朝に暴れた島根竜を鎮め守って下さって居ます』  但し、その探索や発掘によっての危険や、 それより何より「神をも畏れぬフトドキ者めが」と、“その祟り” をこうむっても、(スパイドラマ風^^!)当方は一切の責任が持てないので自己判断と自己責任でお願いします^^。 

その7. 坪背山、付名の不思議  ・・・・つづく、


    ・・・ 貴方さま>のコメントをお待ちしています。・・・・^^、







(つづきます^^)
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